約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される
 涼くんは空き地までわたしを引きずり、そこに咲いた桜の木の下にしゃがみ込む。出血もかなりして、襟周りが染まる。

「桜子、ほらお前が好きな花だ」

 大分散ってしまっているが、薄桃色の花びらがわたしの頭上へ舞い落ちた。

 涼くんは自らを拭うより、花びらを取り除く。今でも思い出せるが涼くんの手は温かかった。血が恋しくて荒む気持ちごと、撫でてくれる。

「んなに、がっつくな。いいぜ、思う存分飲めばいい。美味いか?」

 恐れるどころか血の味を尋ねた涼くん。

「うん! 涼くんの血は甘くて美味しい!」

 人の言葉を取り戻すも加減を知らないわたしは欲するまま啜り、問いかけに満面の笑みで返す。

 と、涼くんも笑う。

「なら、いっか。けど桜子、他の奴にこんな真似をしたら駄目だからな。血が飲みたいなら俺のにしておけ。いいな? これ、すげー痛いんだぜ?」

 歯型がくっきりついた首筋を指して諭す。けれどわたしは自分がした事を理解しきれず傾げてしまう。
 血を飲む最中は罪悪感が効きにくく、後悔は決まって後から芽生えるのだ。

「痛い? 涼くん、痛い?」

「あぁ、傷になったら桜子が責任をとらないといけないからな」

「責任?」

「桜子が俺をお婿さんにするんだ。よくおじさんが桜子に傷をつけたら許さないって言ってるだろ? それと一緒だ」

「うん!」

 こうして幼いわたし達は約束を交わす。
 わたしは最初の吸血対象が涼くんで救われたが、涼くんはどうだろう? 負荷を一手に引き受ける羽目となる。異質なわたしを守ろうとした正義感が恋心にすり替わったのかもしれない。

 一方、わたしはどうなのか。わたしもわたしで誤魔化しているじゃないか。

 涼くんのお嫁さんになりたいのは好きだったから、初恋相手だからなのに血を分けて貰う引目で認められなかった。
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