約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される

失った初恋



「起きた?」

 目に涙を一杯溜めて、わたしは目覚めた。保健室の天井が滲む。

「悲しい夢を見ていたのかな?」

 ベッド脇で雑誌を読んでいた四鬼さん。目隠しは外され、制服の乱れも直してあった。

「初恋を無くした夢を、見てました」

「……そう、それは悲しいね。相手は夏目君かな?」

 四鬼さんの優しい声に涙が溢れる。仰向けのまま目元を覆う。

「初恋は実らないとも言われる。早くキレイで甘酸っぱい過去にしようか」

「四鬼さんの初恋は?」

「君だよ。あぁ、実らないのは困るな」

「わたし、ですか?」

「信じてくれないだろうけど、桜子ちゃんが初恋だ」

 身体を起こすと四鬼さんが両手を広げた。わたしはゆっくり彼へ半身を預けて泣く。素直に頼れば何処までも甘やかしてくれそう。

「柊先生にキスマーク付けられました」

「あぁ、見た。次あったら殺しておくーーって言うのは言葉のあやで、やっぱり殺しておく」

「え、こ、殺さないで下さいね? ほんの少しですが先生の気持ちが分かるんです。柊先生の恋人は人だったと聞きました」

 四鬼さんはギュッと抱き寄せる力で話題に反応する。

「先生、わたしと涼くんの関係に苛立ったんじゃないかと思うんです」

「君は夏目君を鬼にしたくないんでしょ? なら柊とは結末が違う」

 包容からは優しさしか香らない。わたしを案じて労り、ひたすらに甘い。
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