愛しのディアンヌ
15 過去からの刺客
  カレンダーを見つめたまま私は微笑む。彼と暮らし始めてから早いもので三週間が経過しようとしている。

  今朝、彼は出発した。

 「四日間は留守にする。一緒に行けなくて残念だな。君のいない朝なんて憂鬱だな。ズル休みしたいな。寂しくてたまらないよ」

 大金持ちの商人が見本市をしている公会堂で演奏会を開くというのだ。

「我侭は言わないで下さい。卒業試験が終わったら、最終日の公演を見に行きますから」

「うん、そうだよね。待っているよ。大切な試験なんだよね」

「はい。そうですよ。二年間、この日の為に必死で頑張ってきました。今日の試験に人生を賭けているんです。それじゃ、学校に行ってきますね」

 引っ越して以来、私はハーブ石鹸や軟膏を作る作業も止めて勉強だけに集中してきた。私は体調も万全だった。いざ。出陣という感じで挑めたのだ。

「それでは、諸君、テストを始めるぞ」

 子前九時に試験が始まる。

 講師の声と同時に試験用紙が一斉に配られていく。そこにいる誰もが集中していた。スラスラ解ける。無事に試験が終了していた。私としては手ごたえがあった。

 夕刻、心地の良い疲れを感じながらもホッとして家に帰ろうとしたのだが……。正門を出るとギョームに出くわした。

「ジョルジュさん!」

 帰る生徒の群れをすり抜けるようにして近寄ってきたのである。待ち構えていたようだった。灰色の衣服に曇った眼鏡。相変わらず陰気な顔つきをしている。私は、少し警戒気味に言う。

「ジョルジュさん、大切なお話があるのですがよろしいですか」

「僕に、ですか?」 

「ルイージさんに帰郷するように何とか説得してもらえないでしょうか?」

「そんなの無理ですよ。ルイージさんは留守にしていますよ。大事なリサイタルの真最中なんですよ」

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