愛しのディアンヌ
「薬剤師を目指す学生です。劇薬を扱うには一級免許が必要になります。実家の薬局を継ぐつもりでいます。生徒の多くは薬局の子弟なんです。僕は、髪油や石鹸などを作るのが得意なんですよ。ラードにラベンダーオイルやレモンオイルを混ぜたものを売っています。婦人用の化粧水も作っています。そうやって学費と生活費を稼いできました」

「へーえ、そうなんだ」

「管理人さんにお願いして裏手の花壇にハーブや薬草を植えさせてもらってます。それを使って商品を作っているんです。ホテルの厨房はレントランを閉じた深夜でないと貸してもらえないから帰宅が遅くなるんです」

「……そうか。君も苦労しているんだね」

 でも、彼の方こそ困窮している。お金が無いから、こんな場末の貧困地区にいるのよね。

「ヴァイオリンは必要なんですよね?」

「路上で稼ぎたいんだが、生憎、今の俺は営業許可証を取得する金さえもない」

 我が国は景気がいい。

 不法滞在の労働者に困り果てた政府は、呼び売りも屋台の営業もすべて厳格な免許制にしている。

「そうなると、密やかに営業をするしかないですよね。捕まると大変なことになりますもんね」

 何かいい抜け道はないかしら。私は楽器を弁償したい。楽器……。安い楽器。

 あっ、そうだわ。こうしよう。その時、私の中でキラリと湖水の輝きのように素敵なアイデアが閃いたのである。

「もしかしたら、安いヴァイオリンが手に入るかもしれませんよ。古物商を紹介しましょうか?」

「いいね。その話、乗る! 一度、会ってみたいね」

 先刻、ルイージはファンの頭のおかしい老夫人の事に関しても一言も語らなかった。それに、それに、大切な楽器を壊した私を責めたりしなかった。ぜひとも彼を応援したくて動き出していたのである。
    
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