愛しのディアンヌ
「聞いてちょうだいよ。今夜、大切な女友達が自宅で舞踏会を開く予定なの。でも、ホテルに滞在していた楽団員の半分が腹痛で苦しんでいるの。だから、ルイージにピアニストとして参加してもらいたいのよ」

「今夜?」

 見つめ返すと彼女が屈託なく笑った。

「三時間後には開催されるのよ。馬車で送迎するから、直接、会場に向かってくれないかしら? 有名人や大富豪が来るパーティーなのよ。演奏していただいたなら謝礼は奮発してくれるそうなのよ」

「はい。分かりました。ルイージに聞いてきます。待ってて下さい!」

 仕事の依頼が来たと知らせなくちゃ。私は慌てて下宿に戻ることにする。幸いな事に下宿に向かう途中の道筋でルイージの後姿を発見したのである。

 私を乗せた二輪の馬車が路地へと左折する直前の彼を呼び止め、馬車の窓から顔を出して語りかけていく。

「ルイージさん。いきなりで恐縮なんですが、ルイージさんに仕事の依頼がありますよ! 今夜です。今すぐ、会場に向かってもらいたいんです。この馬車で……。舞踏会の会場でピアノを演奏してもらえますか? 衣装はあちらにあります。ですから、あなたは身体一つで来て下さいとのことです」

 早口で説明したところルイージの決断は速かった。

「もちろん、行くよ!」

 ステップに足をかけて乗り込んだ。路地から大通りへと移動しながら私は説明かしていく。

「こちらが楽譜です」

「ああ、この曲なら楽譜なしでも弾けるよ。子供の頃に何度も演奏したからね」

 パーティーの余興の時間や、その他の細やかな注意事項を書いたものも手渡していく。

「楽団の方と打ち合わせをして下さいね。ルイージさん、頑張ってください」

 途中、私は、マリアの邸宅の前で下りた。

「ああ、分かった。マリアさんによろしく言っておいてくれ」

「はい。伝えておきますね」

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