愛しのディアンヌ
 馬車が再び走り出している。ルイージが演奏することを伝えたところ、居間の仲椅子に腰掛けていたマリアさんの顔が緩んだのである。

「良かったわぁーー。ピアノ無しの寂しいパーティーに出席しなくて済むものね」

「マリアさんも出席されるんですか?」

「親友の姉さんの誕生日のお祝いなのよ。ディアンヌ、あなたも一緒に行きましょうよ」

「無理ですよ。招待されていないし、ドレスがありませんよ」

「それなら貸してあげるわよ。実は、あなたに依頼したいことがあるの。古くからの友人のオルファが謎めいた極東由来の薬を鑑定してもらいたがっているのよ」

 薬の鑑定の依頼?

「亡くなったオルファの夫は貿易商なのよ。極東に出向いて絹糸や緑茶を仕入れる仕事をしていたの。去年、異国の山で亡くなる直前に船便で送られたの。オルファへの手紙の文字が滲んでしまって何の薬なのか分からないの」

「なるほど。謎めいた贈り物ですか……」

「あなたなら信頼できるわ。ぜひ、調べてあげて」

 私達とは明らかに人種が異なる人達が暮らす極東地方にある大国では独特の針治療を行なっている。それに、薬草もその地ならではのものを使っている。

『陰と陽で、この世界は成り立っております。何事も陰と陽のバランスが大切なのです』
 
 漢方薬の講義を思い出していると、マリアが楽しそうに言い添えた。

「今夜、一流の料理人が来ているそうなのよ。豪華な食材を使ったパイと焼き菓子が絶品なの! 鴨肉を挟んだサンドイッチも好評なのよ。黒すぐりのアイスクリーム、シュークリーム、チョコレートムース、生クリームたっぷりのケーキ。私が特に好きなのは、チョウザメの卵よ。それと、あそこの料理人が作るポタージュは絶品なの。とにかく、何もかも美味しいのよ」

 食の誘惑に喉が鳴る。

「はい。行きます!」

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