愛しのディアンヌ
11 襲撃
 月末になると卒業試験が始まる。試験に落ちると留年してしまう。貧しい私の場合は、落ちたなら諦めて帰郷するしかない。失敗はできない。学院の図書室にこもって集中した。邪念は捨てなければならない。

 夕刻、下宿に戻ると籠を取り出した。そして、外にでかけようとしていたのた。今が旬のハーブを採取しなくてはならない。

 下宿の急な階段を下りて共有の玄関を出て門扉に手をかかけようとする。その時音、下宿の建物の窓から呼びかけられていた。ルシージが窓から身を乗り出して手を振っている。

「聞いてくれよ! 朗報だ。演奏と作曲の仕事が決まったんだよ!」

「おめでとうございます」

 そう告げると、彼は、思いがけないことを言った。

「ねぇ、今夜、夕食を食べに行かないか? 君に御馳走したいんだ。美味しいワインを飲みながら色々と話したいこともあるんだよ。ムール貝と鴨肉のソテーの美味しい店に行こうよ」

 彼は、後援者を見つけたのだ。となると、こんな場所にいる必要も無い。これが最後の晩餐になるかもしれない。でも……。

「僕、今からハーブを採取するんですよ! 帰りは遅くなるかもしれませんが、それでもいいでしょうか?」

「構わないよ。ゆっくりハーブを探しておいで。暗くなるまでに帰って来いよ。それじゃ、楽しみに待っているよ」

 天真爛漫な笑顔に鼓動が高鳴る一方、複雑な気持ちが絡み付いている。

 私は、本当は女の子だと打ち明けてしまいたい。今夜、どういうレストランに行くのかしら。こんな格好でいいのかな。自分で切った髪はボサボサで不揃いだし、靴も衣服も、父さんのお古。私は貧しい田舎娘に過ぎない。それなのに、彼との食事に誘われただけで舞い上がっている。我ながらどうかしている。

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