愛しのディアンヌ
「十二歳の春に屋敷に入ることが許されたが、使用人達でさえも俺を馬鹿にしていた。俺も意固地になって彼等を無視したよ。それでも、やっぱり、一人ぼっちは寂しい。ずっと本と音楽の世界に逃避していたんだ」

「苦労したのですね」

「済んだことさ。ねぇ、今日のお菓子は何なの?」

「ジュリアナ通りの名店のシュークリームですよ」

 四つの建物を囲むようにして中庭がある。、窓から住人達の共用の裏庭が見える。ルイージが奏でるピアノの音色が室内を彩る。なんて贅沢なのかと感動しながら私は台所で作業を続けた。
  
 摘んできたハーブを籠から出して束ね続ける。それを梁から吊るして乾かす作業に没頭していた。

 生活費の心配はなくなったけれど、お世話になっている人達の為にハーブや化粧品を作りたい。マリアさん、カフェの皆さん、ホテルのマダム。そして、管理人のジャンヌ。うん。それぞれに届けよう。

 だって、私がこれまで生活出来たのは、みんなの助けがあったからなんだもの。

 乾燥させるものはバジル、タイム、ローズマリー、レモンバームと、それから……。

 今夜の夕飯は何にしようかしら。カモミールのホットミルクとフレッシュハーブのサラダと鳥の蒸し焼きにしようかな。彼に料理を褒められると飛び上がる程に嬉しい。

「あらっ……」

 その時、玄関の呼び鈴が鳴ったのだが……。

「出なくていい」
 
 キリリと厳しい顔で引き止めている。彼は、レースのカーテン越しに石畳の道を見下ろしている。彼の端正な横顔は険しさを増しており不快感を隠そうともしていない。迷惑そうに目の端を歪めたまま黙り込む。よく見ると一台の馬車が道を塞いでいた。

「どうしたんですか?」

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