あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
過去〜火事の記憶〜
 その日、敷地内に猿が出没したので父は旅館の見回りをしに家をでた。

『燃えてる!』

 戻ってきた父が叫ぶや両親は水を被った。

 里穂に家に留まっているよう言いつけて、父母はまっしぐらに宿泊客を救助しに行った。

 幸いにもこの日、ふらりとハイキングをしにきた二人の少年が予約なしで泊まっているだけだった。

 両親以外はスタッフもいない。

 消防車は待てど暮せど一台も消火に現れない。
 何度連絡しても来てくれなかった。

 晴天続きで山も旅館の建物も乾燥しており、炎の勢いがどんどん増して行く。 

 じっとしていろと言われたのに、小学生だった里穂は一人でいることに耐えきれず宿泊棟に入ってしまった。

『お父さん! お母さん!』

 闇雲に歩き回り泣き叫んだが、パチパチと火花が爆ぜる音やメキメキと何かが壊れる音ばかり。

 そのうち、里穂のいる所にも煙が流れてきた。

 これ以上、奥には向かえない。

 戻ろうと入ってきた場所を振り返れば、火の粉が雪のように舞っていた。

『こっち!』

 里穂が入ってきた場所から誰かが飛び込んできた。
 泊まっていた少年の一人が里穂を見つけて駆けつけてくれたのだ。
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