あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
 呆然と呟けば、慎吾がニコリと微笑んだ。 
 伸びてきた指に鼻頭を突つかれる。

「ほら、結婚の誓いに『病めるときも貧しいときも』っていうだろう?」 

 それとこれとは違いすぎる。

「同じだ。どんな時にも相手と離れないって意味なんだから」

「でも」
「里穂」

 慎吾の呼びかけは里穂に口をつぐませる威力があった。

「辛いと思うが、その時のことを聞いていいか」

 里穂は少し逡巡した後、話し出した。

「私の家は旅館を営んでいたの。【おかえりやす】という名前だった」

 里穂を見つめていた慎吾の体がピクリと反応したが、彼女は気づかない。


 古くは祖父が山小屋として経営していた。

 近くに温泉が掘り出されたことで県道が近くまで伸び、里穂の両親は旅館に建て替えた。  

 ハイキングにくる客が日帰りで山菜料理や温泉を楽しんだり、そのまま泊まったりとそれなりに繁盛していた。 

 里穂と両親は、経営していた旅館と同じ敷地内にある、元山小屋で暮らしていた。
 
 彼女はごくりと唾を飲み込み、言葉を絞り出した。

「……十五年前、火事を出したの」

 
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