あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
「そうね。親子三人なら、どんなことをしてもどんな場所でも生きていけたよね」

 注意していないと聞き逃してしまうほど小さな声だった。

 慎吾は立ち上がると里穂の傍に立ち、彼女の頭を抱えこんだ。

「里穂は奴を憎みこそすれ、もう自分が加害者だったと悩む必要はない」

 慎吾の声が優しく、彼女の中に染み込んでいく。

「…………うん」

 どうしようもないことなのだ。

 いくら悔しくても相手は土地の権力者で、公的権力にもガッチリと食い込んでいる。

 ムラ社会で権力者に歯向かうと、里穂達家族のように爪弾きに遭う。

 悔しくて憎らしくて、恨めしい。
 両親と自分をどん底に突き落とした戸黒に一矢報いてやりたい。

 けれど、なんの力もない自分は泣き寝入りするしかないのだ。

 里穂は嗚咽を漏らした。

「君もご両親もよく頑張った。君には俺も慎里もいる。里穂はなにもしなくていいんだ」

 里穂はうん、うんと大きくうなずいた。
 慎吾は彼女がおちつくまでなだめ続けた。

 ……段々、里穂の呼吸が穏やかになり。

 彼の心臓の音に気を取られてまどろみかけてはじめた時、慎吾は彼女に聞き取れないくらい低くつぶやいた。

「……俺が奴に償いをさせるから」

 
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