あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
ベッドに戻ると慎吾が枕をヘッドボードに立てかけ上半身を起こしていた。里穂を掛布の中に入れてくれ、彼女を己の体でつつむ。
 画面が明るくなり、動画が再生された。

『ただいま、妊娠六週目。赤ちゃんはお魚さんみたいです。金魚ちゃんて呼ぼうかなー』

 画面には、裸になった里穂が鏡に映った己の腹部に向かって微笑んでいた。

 里穂の女から母になっていく体と表情を、慎吾が食い入るように見つめる。
 
『男の子だってわかりましたー。慎里という名前にします。金魚ちゃん、お父さんの慎吾とお母さんの里穂から、最初の贈りものだよ』 

 映っている里穂は慈しみに溢れていた。

『妊娠三十八週目。ようやく産休に入りました。みんなに早く休めって怒られちゃった。でも、お母さんは慎里との暮らしの為に働きたかったんですー』

 産着や慎里のものを揃えている彼女は大きいお腹が大変そうであるが、幸せそうな顔をしている。

 そして、分娩室。
 は、は、と浅くて早い呼吸の間から聞こえた声。

『……慎吾。早く会いに来ないと私が先に慎里に会っちゃうよ?』


 慎吾が画面を見つめながら静かに涙を流していた。

「ありがとう、里穂。俺の子供を産んでくれて」

 里穂は体を動かすと、男の背中に寄り添った。火傷の痕に再び唇を這わせる。

「私こそ、見つけてくれてありがとう。諦めないで探してくれてありがとう。そして、家族をくれてありがとう。慎吾は欲しいものをみんなくれた」

 未来も夢も、自信も誇りも。

 慎吾の手が、彼の胸に添わされていた里穂の手を掴み、抱き寄せた。
 彼の手がしっかりと彼女の顔を固定してささやく。

「綺麗だ」

 男の唇が里穂の唇をかすり、首筋へと滑り落ちていく。

「抱いていいか」
「ん。いっぱい抱いて……」

 里穂は再びベッド押し倒された。

 ――二人は入籍をすることになったが。ようやくチェックアウトをしたのは、さらに数時間後のことだった。
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