あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
新たなる一頁
「あらかじめ認知しておいてよかった」

 区役所に向かう車の中で慎吾が言う。

 慎里が実子と知った数日後には、慎吾は届け出をしていた。
 
「里穂に言うべきだとも思ったけど」

 ハンドルを握りながら慎吾がポツリとこぼした。
 里穂が知ったのは、三人で暮らすようになってしばらくしてからだ。

「……私が怯えないようにしてくれたんだよね」

「ああ。俺に見つかって、いつ逃げ出そうかと考えている君をさらに怖がらせるだけだ。里穂が気づかないうちに、君と慎里を囲い込んでしまいたかった」

 慎吾が彩皇の支配人として出向すると知って以来、里穂は逃げつづけた。
 最初の一週間でわかってしまったら、闇雲に三人の家から飛び出してしまっただろう。

 慎吾は優しい笑みを浮かべた。

「俺の息子のお母さんと結婚できたから、慎里は嫡出子の身分を取得できる」

「意地を張っててごめんね」

 里穂の頑なな心が溶けるまで、慎吾は待っていてくれた。

 シフトレバーを握っている彼の腕にそっと手を添えれば、慎吾が気にするなとばかりにレバーから一瞬手を離し、彼女の手を握り込んだ。

「再会してからの時間は俺達三人に必要な時間だった。俺はそう思っているよ」

「私ね。慎吾に会えたの、両親からのプレゼントだと思う」

 頬に慎吾の手が触れた。

「里穂も俺にとって、人生からの最高の贈り物。一生、幸せにするよ」
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