あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
 正直に言えば慎吾に会いたい。
 彼の腕の中に飛び込んで、甘く蕩かされたい。
 
 誰も慰めたことのない背中を愛しんであげたい同時に、想いと同じくらいの強さで責めて罵ってしまいそうだ。

 だが。

「慎吾に『なに、この女?』って顔されちゃったらどうしよう?」

 里穂の背中にぞわりと悪寒がはしった。

『愛することの反対語は忘れること』らしい。

 慎吾が、感情的になるであろう里穂に誠実に向き合ってくれればいいが、なにもなかったことにされては心が破れてしまう。

 彼に冷たい顔を向けられるくらいなら、慎吾とは再会しない。
 同じ職場だから、どうしてもニアミスはあるだろう。だが。

「慎吾は支配人だけど、私は単なる客室清掃係だもの」

 個別ミーティングと言っても、せいぜい各職のチーフまでだろう。
 職場というカーストの最下層にいる自分までという意味ではない。

「ばったり会っても知らないふりをする。決して慎里のことはバラさない」

 里穂は心に決めた。

「それにしても、慎吾を久しぶりに見た……」

 というより、出会ったあの日以来の再会だった。

「『フライマン・シンゴ』……」

 約二年前に出会った彼は、火傷男という仮装をしていた。

 
 
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