あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
過去〜二年前のハロウィン〜
 十月三十一日。
 日本中で『トリック・オア・トリート!』という陽気な声が響く。

 私的なパーティに、街を上げてのイベント。
 人々が思い思いの仮装をして楽しんでいるなか、里穂はエスタークという一流ホテルで催された仮装パーティに参加していた。

 広い会場内から時折悲鳴が上がるのを、里穂は壁の華となって聞いている。 

 近づいて見てみたい気もするが、人と話すのも笑顔も苦手。
 なので、声をかけられるのを待っているわけなのだが。

「見事に声かけられない……。場違い感あるのかな」

 そっと自分の格好を確かめる。

 銀ラメのスプレーをかけたショートヘアをかきあげ、大人っぽさを出してみた。
 妖精のような尖った耳をつけ、さらに片耳にだけイヤーカフ。
 瞳にはカラーコンタクト。

「パーティなら誰とでも仲良しになれんだと思っていたけど、そう上手くはいかないんだなー……」

 同僚や客に話しかけられることはあるが、オフタイムは、なにを話していいかわからない。

『友人』と言えるのは施設で育った仲間達だけ。

 ……そのうちの一人を駅で偶然見かけ、声をかけたら『話しかけてこないで』と言われた。施設育ちを知られたくないのだと。

 以来、彼らに里穂から接触することはなくなった。

「普段なら、ぼっち大丈夫なんだけど」

 ハロウィンだけは難しい。

 母が亡くなり、施設に行くのが決まったのがこの日だった。
 そのせいかハロウインは陽気に過ごして、あの日から続く寂しさを上書きしてしまいたくなる。

 
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