あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
「おとーさんは慎里も好き」
「おー、おー」

 ふふ。と微笑ましく思い、先に三人の寝室へ戻ろうとした。

「おとーさんはさー、慎里のおかーさんもおとーさんのこと好きだと思うんだよなー。なー慎里、息子から見てどう思う?」

 ぴたりと足が止まる。

「おと……しゃ?」

 慎里は懸命に慎吾の言う言葉を喋ろうとしているらしい。慎吾がにっこりと微笑む。

「そう。慎里は賢いな。じゃーONE MORE PLEASE。おとーさんは里穂が好き」
「お、おぅ」

 慎里は真剣に慎吾の顔を、というより口の動きを見つめている。殊更にゆっくりと慎吾が言い聞かせた。

「おとーさんは慎里のおかーさんがだーい好き」
「お?」

 慎里は言葉のレッスンと思っているのかもしれないが、慎吾はずっと愛の告白をしているのだ。

「知ってるよなー、ドアのところでこっそり聞いてる慎里のおかーさん?」

 慎吾の声が大きくなったので、自分に向かって言ってるのだと悟る。

「……慎里に言わなくたって」

 里穂は観念して、息子と好きなひとの前に姿を表した。照れるどころではない。
 凄まじく恥ずかしい。

 息子がまだ意味を解していないところが救いだ。
 だが、慎吾は。

「慎里に『お前は、お父さんとお母さんが愛し合って生まれたんだぞ』って教えてあげるの大事だろ」

 口調は冗談のようなのに、眼差しは真摯な光を帯びていた。

「……うん」

 自分は確かに慎里を産みたかった。

 家族が欲しかったし、大好きな慎吾がくれた命だったから。

 それは里穂のワガママで世間では『エゴ』と呼ばれるものだ。

 けれど慎吾もあの夜、自分を愛してくれたのだ。
 彼の告白は里穂の体を多幸感で満たした。

 
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