あなたの傷痕にキスを〜有能なホテル支配人は彼女とベビーを囲い込む〜
 彼女が口を開く前に、再びメガネをかけ直した慎吾がズバリと切り込んできた。

「あなたは中学を卒業してから十年以上働いていますが、昇給の記録はありません。なぜだと思われますか」

 里穂は唇を噛んだ。

 いったんテーブルを見てから慎吾の双眸を見据える。

「私が施設出身だからと、学歴がないからだと思います」

 慎吾がメガネのブリッジをくい、と押し上げる。

「あなたには技術があるが、不当に差別されていると」

 メガネ越しの鋭い視線に震え上がりそうになる。

「差別ではないのかもしれません。けれど、昇給試験といったものがあるかすらも知りません」

 里穂は正直に告げた。

「そうですね。今までの彩皇では明確な昇給基準が示されていない。エスタークでは各職務ごとの昇給基準があります」

 タブレットを見せられる。

 クローク、ベルスタッフ、客室清掃係……。
 勤務年数、出勤怠、スキルレベルなど多岐にわたって明確に示された基準に、里穂は羨ましくなった。

 慎吾も彼女を見ながらうなずく。

「清掃記録を見れば、あなたはトップクラスです。差別されていた可能性は高い」

 評価されて、里穂は顔を輝かせた。

 けれど、慎吾は『深沢支配人』として厳しい表情を崩していない。
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