"ぶっきらぼうで笑わない女神"の恋愛事情
3階に到着し、宝来が彼女を先に降ろす。宝来に向けられた会釈は優雅で、立ち去る際の仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐった。

このままでは通りすがりの男のままで終わってしまう。焦った恭平は彼女の後を追った。てっきり受付に行くものと思っていたが、大きな柱の影に隠れてしまった。何をやっているのか気になり近づくと、突然柱の影から出てきた彼女とぶつかった。

「すみません」

すかさず謝ってきた彼女に(こちらこそ申し訳ない)そう言う筈だった。筈だったのだが、とんでもないことを口走った。

「謝ったということは、君に非があると受け取っていいんだな」

「償ってもらおうか」

本来の自分を上書きするように、もう一人の自分が顔を出した。

彼女は毅然と反論する(お互いの不注意によるアクシデント)勿論、償う道理などない。彼女の言うことが尤もだ。彼女は不機嫌なまま去って行く。焦った恭平は見慣れないスマホを手にしていることに気がついた。
返さなければ!咄嗟に彼女を呼び止める。なのにまたもや、もう一人の自分が信じられない行動をとってしまう。
(スマホを拾った礼をしてもらう)などと、どう考えても理不尽な要望を突きつけ、スマホを返すどころかストラップを外し、誘拐まがいのことをしてしまったのだ。
彼女の呆れた顔が胸に突き刺さる。それでも、暴走は止まらない。
奪い取ったストラップを盾に、会う時間を一方的にとりつけた。

いったい自分はどうしてしまったのだろうかと逃げるようにその場から立ち去った。

「恭平!」

恭平に平静さを取り戻させたのは、秘書ではなく、背後から飛んできた親友宝来の声だった。
< 101 / 197 >

この作品をシェア

pagetop