雪降る夜はあなたに会いたい 【上】


 理人の携帯電話へと電話を掛ける。2、3コールの後その電話は繋がった。

(なんですか?)

出るなり理人がそう言う。

言葉は他人行儀だが、声音は以前より親しみを感じる――というのは俺の願望だろうか。

 二年の間、この番号には何回かかけている。そのどれも、決して楽しい電話ではなかったけれど。

「今日、伝えたいことがあって。忙しいところ悪いな」
(伝えたいこと?)

理人はこの三月で大学院を卒業し、その後も大学に残るのだと以前短い会話の中で教えてくれていた。研究を続けることにしたのだという。

「雪野に結婚を申し込む」

単刀直入にそう告げた。前からそうしたいと言い続けているのだから、余計な前置きはいらないだろう。

ただ。理人の反応を待つこの瞬間、自分が思っていた以上に緊張しているのに気付く。

(……そんなことですか。勝手にしてくださいよ)

呆れたように理人が言った。

(戸川さんも、兄さんみたいな身勝手な人に愛想を尽かさないなんて本当に物好きだ。結婚しても苦労するだけだろうに)

その言葉が、理人なりの許しなのだと理解した。

「理人、本当に――」
(僕は僕で、生きている。もう、あなたの呪縛からは逃れてる)

理人の声は、落ち着いていた。
もうあの頃の、子供の理人じゃないんだとそんなことを思う。

「ありがとう」
(気持ち悪いこと言わないでくださいよ。兄さんが僕に礼を言うなんて、天地がひっくり返りそうで怖い)

確かに、これまで理人にそんな言葉を掛けたことはなかった。

 これまでのことをなかったことにはできなくても、少しずつ違う関係を築いていけるだろうか。どちらにしても、それはすべて俺にかかっている。

(――母さんのこと、許してやってください)

理人が静かにそう言った。

「理人――」
(僕もそれなりの年齢だから。母さんがしたことは、小さい兄さんを傷付けることだったことは分かっている。でも、少しでいいから母さんの存在を認めてやって)

女優かと見間違うほどの美貌に、自分の本当の母親とは違うのだと実感させられているみたいで見るだひに苦しくなって苛立った。

 理人の母親を、ずっと汚らわしいと思って来た。

 人のものを横取りして家に入り込んで来て。

『あの女の子供には絶対に負けてはだめよ。あなたのお母様を傷付けた人。榊の財産を狙う泥棒猫のよう人なの』

祖母から呪文のように告げられ続けていた言葉。

 でも、俺ももう何も知らない子どもではなかった。そんなことは、あの人一人で出来ることではない。父にも同じだけの原因がある。それなのに、俺はずっと弱い者の方に怒りをぶつけてきたのだ。

人として一番卑怯な方法で――。

「いや。俺がずっと間違っていたんだ。感情の矛先も、向き合い方も」

そう言うと、理人はふっと笑った。

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