雪降る夜はあなたに会いたい 【上】

「俺も。俺が六歳の時に、母親が死んだんだ」

彼の目が、ほんの一瞬哀し気に揺れた。自分の家族の話をしてくれたのは、これが初めてのことだった。

「そうだったんですか……」

いつもは見せない弱さを彼から引き出してしまったみたいで、何と声を掛けていいのか分からなくなる。

「……病弱だったけど、とにかく優しい人だったのを覚えてる」

何かを思い出すように遠くを見つめている。

「目元が、なんとなくおまえに似ていた気がする」
「ほんとですか?」

どこか遠くへと向けられていた視線を私に戻し、私の頬を撫でながら頷いた。私が彼のお母さんに似ているなんて、なんだか嬉しい。

「おまえは……? 父親がいなくなって、これまで辛くなかったか?」

私に向けてくれる目があまりに優しくて、そしてどこか悲しみに満ちていてはっとする。

「交通事故だったんです」

タクシードライバーだった父は、道路に突然飛び出して来た子どもを避けるためハンドルを切った。打ちどころが悪くて、即死だったと聞いている。

「あまりに突然のことで、その時の衝撃は今でも覚えています。でも、きっと母の方が辛かったと思うんです。一人で小さな私たちを育てなきゃって心細かったはず。それなのに、母はいつも明るくて。そんな母のおかげで、毎日の生活は大変だったけど、不幸ではなかったです」

彼が包み込むように見つめて大きなてのひらでやさしく髪を撫でてくれるから。つい安心して胸の内を心のままに話してしまった。

「おまえは、母親に似たのかな。いつも、勉強にバイトに頑張ってる」

思いもよらない彼の言葉に驚かされる。

「い、いえ、全然……。本当はもっと母を助けなきゃいけないんですけど――」
「頑張ってるだろ? いつも必死にバイトして大学の勉強もして、おまえはおまえのままで十分だ。俺とは違う。俺とは全然……」

そこまで言って彼は口を噤み、その代わりきつく私を抱きしめて来た。

何を思っているのだろう。

私を抱きしめる腕がどこか辛そうだったから、そう聞いてしまいたくなったけれどやめておいた。

いつも、強くて堂々としていて。きっと、その奥に隠し持つものを、人に見せることは望んでいない気がする。

「父親のいなくなった後のおまえが、辛いだけじゃなくてよかった……」

そんなこと言わないで。そんな風に、優しくしないで――。

もしかしたら、ほんのわずかでも愛されているのではないかと錯覚してしまいそうになる。
くるりと身体を反転させて、彼の胸に顔を埋める。そんな私の背中に腕を回し、きつく抱き寄せてくれた。

私と同じように小さい時に肉親を失って、きっと寂しい思いもしたんだろう。

でもきっと、寂しいだなんて間違っても言わない人――。

そんな気がしてならなかった。

「あなたの周りにはたくさんの人がいるけど、でも、私も、いますから……」

私が一番だなんて言わない。でも、私もいるんだって思ってほしい。

自分で言っておいて、すぐに弱気になってしまう。彼が黙ったままだから少し図々しかっただろうかと後悔した。

「……そうだな」

ぎゅっと強く抱きしめられて、掠れてしまった声で「はい」と答えた。
否定されなかったことが嬉しくて、それはまるで傍にいることを許されたみたいで。今度はその喜びで泣きたくなる。
それを誤魔化すように、声を上げた。

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