雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
 

 それからは、忙しい毎日の中で合間をぬうように彼と会った。
 
 授業とアルバイトの狭間の時間、アルバイトのない日。不思議なことに、彼はいつも私に合わせるように会う時間を作った。それでいて、私の生活を崩すようなことは絶対にしない。授業もアルバイトも、時間になれば必ず私を解放した。

もしかしたら、その空いた時間で、他の女の人と遊んでいるのかもしれない――。

そう思うと胸がきりきりと痛んだけれど、彼に何かを聞いたりはしなかった。そんなことをして、この時間を失ったりしたくない。いつ『飽きた』と言われるかと不安が常に付き纏っていた。でも、何故か彼は私と会い続けてくれていた。

 もう一つ、私にとって良かったことがある。それは、彼が、お金を持っているからと言って私に何かを施したりしなかったことだ。もし、物やお金を恵んだりされたら、この気持ちさえ間違ったものだと思わされたかもしれない。ただ単に、彼にとって私が、そんなことをしようという気にもならない女だったのかもしれない。でも、おかげで私は、卑屈になったりいたたまれなくなったりせずに済んだ。

 会えば会うほど、肌を重ねるごとに自分が自分でなくなっていく。想いばかりが積み重なって、深みに嵌って行く。会えない時間も一緒にいる時も、心は全部彼の元にあった。


 時間に追われるように慌ただしく抱き合った後、いつも限られた時間の中で他愛もない話をする。

 少しずつ、彼が自分のことを話してくれるようになった。(さかき)という名字で、慶心大の四年生だということ。大学一年の私から見れば、彼は酷く大人に見えた。

 この日も、無我夢中で抱き合った後、残りの時間を惜しむように裸のまま毛布に二人でくるまっていた。

「ソウスケって、どういう字を書くんですか?」

すぐ隣に横たわる彼にそう尋ねる。

二人で過ごす時間が積み重なって。油断すると、彼との距離が近付いているように思えてしまう。それに抗うように、必死に自分にブレーキをかけた。こうして抱き合って誰より一番近くにいる時でも、立ち入るようなことは何も聞かない。

「『創る』という字に、普通の『介』だ。一番簡単な字の」
「創るっていう字が、なんだかカッコいいな」

この時だけでも、彼の一番近くにいられるのならそれでいい。

「おまえの、雪野って名前、『野』の字が名前に使うにしては珍しいな」

すぐ近くで聞く彼の低い声はくすぐったくて、そしてとても心地いい。

「一見『雪野』って名字みたいですよね」
「でも、綺麗な名前だ」

がっしりとした腕に包まれながらそんなことを言われたら、幸せな気持ちで一杯になってしまう。

「そうですか? そう言ってもらえると、ちょっと嬉しいです……」

私の鎖骨あたりで交差された彼の腕をそっと掴んだ。今まで特になんの意識もなく使っていた名前が、特別なものに思えて来る。

「野に降る雪ってイメージなのかな……」

彼がひとり言のように呟いた。

「本当にそうなんですよ! 死んだ父が付けた名前なんです。私がうまれた日に雪が降っていたらしくて、父が病院に駆けつける途中で見た、足跡一つない原っぱ一面の雪の白さに感動したらしいんです」

昔、母からそう聞いた。それで『雪野』なんて、なんの捻りもないなと思っていたけれど、彼に綺麗だと言われれば自分でもそう思えて来るなんて単純すぎる。

「おまえの父親、死んだのか……?」
「はい。私が六歳の時に」

そう答えた時、回されていた腕に心なしか力が込められた気がした。

「そうか……」

深く吐き出されたその短い言葉に、思わず彼の腕から顔を上げる。

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