雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「世間知らずって本当に幸せね。創介さんが、丸菱グループの創業家の人間だって分かっていて一緒にいるの? こんな言い方は失礼かもしれないけど、創介さんはあなたのような家の人が近付けるような、ましてやまともに交際出来るような人じゃないのよ」
そんな――。
声にもならなかった。頭を思い切り強く鈍器で殴られたかのような衝撃が自分の中に広がる。
――丸菱グループ。
知らない人などいない。旧財閥系の、あらゆる業種の企業を傘下に持つ、日本でも1、2を争う大企業だ。
創介さんがただの庶民でないことくらいは分かっていた。だから常に覚悟もしていた。
でも、まさか――。
それほどとは想像すらしなかった。自分の浅はかさを笑い飛ばすことも出来ない。震えて崩れ落ちてしまいそうになるのを必死に堪える。
「それとも、上手く玉の輿に乗れるかもとか?」
彼女の嘲笑が、身を刺すような惨めさで心を一杯にする。
「絶対にそんなことあり得ないのよ。そんな次元の人じゃないの。創介さんがあなたみたいな人を相手にするなんて、そんなのただの気まぐれ。高級料理に飽き飽きしてたまに食べてみたくなるジャンクフードと一緒。でも、それを食べ続けることは出来ないのよ」
もう彼女の言葉は何一つ耳には入って来ない。
一体、私は何をしていたの? 創介さん、どうして――?
「こんなことを言うのは、あなたとは生きている世界が違う人たちのパーティーに連れて行ってしまった私の罪滅ぼし」
立ち竦んだままの私に憐れむような目を残して、ユリさんは目の前から消えた。
整備されたキャンパスはいつもと変わらないのに、私にはただ寒々としたものにしか見えない。
早く、創介さんに会いに行かないと――。
マンションに行くと約束しているのだから、行かなければならない。
でも、どんな顔をして会えばいい――?
頭の中が激しい動揺に襲われて、上手く働かない。恐ろしくて少しも動けない。それでも会いたいと思ってしまう。
そんな自分に自棄になって訴える。
何も、変わらない。最初から捨てられることなんて覚悟していたのだから結末は変わらない。
創介さんの家が、思っていた以上に格の高い家だったからと言って、一体何が違うの――?
いろんな思いが次々駆け巡る。
でも、本当にこのまま会い続けられる……?
混乱する頭で、結局この足は創介さんのマンションへと向かっていた。
地下鉄六本木駅からほど近い、高層マンション。大学生にして、そんなマンションの一室を与えられているのだから、ちょっとやそっとの家ではないはずだ。それに、どんなに乱暴な言葉遣いや態度でも、創介さんを纏う雰囲気はどこか不思議と品があった。
そんなこと、今頃思うなんて――。
結局、自分の都合の悪いことから目を逸らしていただけだ。
いつか終わる。そう覚悟が出来ていたのなら、その時は今なのかもしれない――。
きっかけがなくて、創介さんの傍にいる幸せを失いたくなくて、この曖昧な関係について考えないようにしていた。
でも、創介さんも三月には大学を卒業して社会人になる。これまでと同じではいられないはずだ。
ちょうど潮時なのかもしれない。
そう思うのに、あの人の温もりばかり思い出す。
自分勝手で強引で。なのに、時折見せてくれる不器用な優しさのせいで私はこんなにも弱くなってしまった。
どんなに顔を上げてみても、そのてっぺんはよく見えないマンションの前で立ち止まった足を翻す。
今会えば、きっと私は泣いてしまう。
元来た道を走った。