雪降る夜はあなたに会いたい 【上】
「あいつは、結婚相手を自分で選べるような家の生まれじゃない。物心ついた時からそう教えられている。だから、女と本気で付き合ったりしない。一晩の相手に困ることもない。金持ってるし、ステータスあるし。みんな、少しでもあいつに取り入りたいのよ」
咄嗟に耳を塞ぎたくなるけれど、そんなことをしてしまわないように膝の上できつく自分の手を握り合わせる。
「そんな環境の中でも一人の女を大事にしたりする奴もいる。でもそれは、ちゃんと心を持っている真っ当な男の場合だ。だけどあいつは違う。冷たいとかそんなレベルじゃない。何も感じないんだ」
木村さんは、心を見透かすように私を真っ直ぐに見た。
「創介は、小さい頃に母親が死んだ時一緒に心もなくしたの。いろいろあの家は複雑だから。どんな酷いことも、顔色一つ変えずにできちゃう人間。ましてや、愛だの恋だのそんな感情持ち合わせてない。女っていう存在自体を蔑んでいるようにも感じる。女を見るあいつの目に、男の俺でもゾッとすることがある」
初めて創介さんに会った日のことは鮮明に覚えている。
だから、ある程度は分かっているつもり――そう思いたいのに、創介さんが私を見つめてくれる目が蘇ってきて否定してしまいたくなる。
「あいつにとって女は、一度寝たらもうどうでもいいもの。分かった? 君のような子が関わる男じゃない――」
「私は、最初から分かってますから」
絞り出すようになんとかそう言う。これ以上、そんな話聞くたくない。
でも、木村さんはやめてくれなかった。
「本当に分かってる? 今、俺の話を聞いて、『私にはそんなことない。すごく優しくしてくれる』って思ったんじゃない?」
私を責めるように捲し立てる。
「どうして俺が、わざわざこんなことを君に言いに来たと思う?」
そんなこと分かるはずがない。
「これまであいつが関わって来たのは、みんな裕福な家の女だ。『あわよくば』を狙っているような打算的な女たち。でも、君は違うでしょ? こう言っちゃなんだけど、ほんとに何も分かってない何も持ってない普通の子だよね?」
軽い口調とは裏腹に、木村さんの目は真剣だった。
「君みたいな子があんな男にいいように遊ばれて捨てられたら、火傷どころじゃすまない。俺としては、真面目に生きて来た子がボロボロにされるのを黙って見ていられないわけ。分かるでしょ?」
その言葉全てが私を貶めるものではないと分かるから、余計に胸が激しく痛む。
「――多分、君には創介も優しくしているんだろう。でもね、それは君がこれまで相手にしてきた女とは全然違うからだ。君と接することで、久しぶりに”心”なんてものを取り戻して、いい気分にでもなっているのかもしれない。でもそれだけだ。あいつに『付き合おう』と言われたか?」
突きつけられる言葉が、私に逃げ道すら与えない。
「絶対に、言われていないはずだ。この先だって言われることはないだろう。いつか必ず、あっという間に簡単に捨てられる。どう天地がひっくり返っても君と創介とではどうにもならない。そういう世界をあいつは生きてる」
いつのまにか、冗談混じりの口調も消えていた。
「強引に迫られて創介の放つオーラみたいなものに圧倒されて、今は夢の中にいるのかもしれない。でも、傷付くのは君だ。君だけだ。あいつに絆されて流されても、行きつく結末は一つだ」
私は硬く目を閉じる。
余計な情報や感情がすっと消えて行く。
結局、分かっていることは一つしかないのだ。
何を聞いても、何を迷っても、何を躊躇っても、これしか私に分かることはない。
ゆっくりと顔を上げ、木村さんを真っ直ぐに見つめた。