雪降る夜はあなたに会いたい 【上】

「ほら、早く入れ」
「は、はいっ……」

みっともないと思いながらもあちらこちらを見てしまう。こんな宿、泊ったこともないし見たこともない。

「全室離れになっております。お食事もお部屋にございますダイニングでお召し上がりいただけますので、他のご宿泊のお客様と顔を合わせることもありません。ぜひ、日常から離れてごゆっくりとお寛ぎくださいませ」

部屋の設備や食事の説明を一通り済ませると、仲居さんが畳の上で正座をし、丁寧に頭を下げてから部屋を出て行った。

「創介さん……。ここ、一体――」

いくらするの――?

私の考えていることとは全然違うことを創介さんは言った。

「この窓から、湖もその奥の山も間近に見えるな。こっちに来いよ。一緒に見よう」

テラス側の大きな掃き出し窓に立つ創介さんが、私に手招きをした。
誰を気にする必要もないのについつい足音を忍ばせてしまう。創介さんの隣に並んで立った。

「わぁ……。本当に、すごい! 湖以外、真っ白……」

目の前に広がる景色を見てしまえば、いろんな心配や不安なんか忘れ去ってしまった。

「――静かだな。自然の中に、本当に二人だけしかいない気がしてくる。この宿にしてよかった。毎日のいろんなこと、忘れられそうだ」

――いろんなこと。

短い単語だけれど、その言葉の意味するものはきっと重い。

 目の前のテラスに設置された石造りの四角い物が視界に入る。その先には湖の景色が広がっていた。絶景だ。この部屋からも自然からも、あまりに開放感があり過ぎる。

「あ、あの……」
「ん?」
「あれ、池、だったりしますか……?」

もはやそれは願望だ。そうであってほしいという必死の願い。

「池? どれのことだ? 池なんかないだろ。池もあったほうがよかったか?」

大真面目にそんなことを言われるから、どうしたものかと口籠る。そんな私を創介さんが背後から抱きしめた。何故か、笑いをこらえている。

「あれが、池なわけないだろ」

腕の中から顔を見上げると、創介さんが意地悪く囁いた。

「部屋の露天風呂を見た時、雪野がどんな反応をするのか、実は楽しみにしていた」
「私の、反応を……?」

私の焦りを分かっていて、わざと真面目な顔で答えていたんだ。

「ホントにおまえは、予想もしない反応をするな。それにしても『池』って。そんな誤魔化し方があるか」

堪えるなんてものじゃなくて、もう声を上げて笑っている。

「悪趣味です! 私、ホントに動揺して――」

腕の中で抗議してみるも、がっしりと腕の中に閉じ込められていてびくともしない。

「どうして動揺したんだ? 一体、何を想像した」
「そ、それは――っ」

本当に意地悪だ。唇を噛む私を見て、突然私の腰を持ち上げた。

「わっ……創介さん!」

身体が浮いて、咄嗟に創介さんの首に手を回す。

「雪野の想像通り、二人で入ろうか。おまえの期待に応えないとな。でも、まずは散歩に行こう。風呂はその後だ」

創介さんより高い位置から見下ろすと、その顔はいつもより幼く見えた。

創介さん、そんな顔もするんだ――。

私は、つい頷いてしまった。


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