アネモネ
決してお国の為に命を捧げるのではない、戦地へ向かう誰もが、己の命よりも大切な家族を守るために一本の矢となって立ち向かうのだ。
この時期になれば、
情報に疎い市井の人々であれ、戦争の張本人である大本営の嘘に薄々気づき始めていた。
連戦連勝のニュースの陰で生還者も無く、村の中にも戦死報告が続けば当然のことだろう。
万歳三唱のあと、
動き出した汽車に向かい皆深々とお辞儀をしていた。きっと心の中では自分が信ずる神や仏に、
旅立つ者の命の祈願をしているのだろう。
そんな人混みから一人離れて、彼女は駅舎の柱の陰に身を隠しハンケチを瞼に押し当てて涙に暮れている。
私は、きっと生きて帰れぬだろう、
どうか良き人と巡り合い、幸せになって欲しい。
そう願うばかりだった、、終戦から40年余りが過ぎた、昭和62年
「社長、竹田様と名乗られる方がお会いしたいと下の受付にお見えですが、、」
「竹田? 仕事関係か?」
「いえ、同郷の者だと仰っておられます」
「長野の? 竹・田、、」
あ、あいつか、、同郷ではないだろう、
竹田は長野県に隣接する中津川の出だった。
それに二度と顔を見せるなと言っておいたのに。