アネモネ
予期せぬ人物からの予期せぬ報せが、
私の癇に障った。
「どうしてお前がそんな事を知ってるんだ!!」
無意識に声を荒げ凄んでいた、、
「そうムキになるな、仕事でたまたま長野に用があってな、お前が自慢げに話していた器量良しの許嫁を見てみたくなったんだ。残念ながら本人には会っていない、近所で話を聞いただけだ」
生きて帰れば必ず迎えに行くと約束していた、、
決して忘れていた訳ではない、
生きて帰った負い目と、顔に被った酷い傷跡を見れば、彼女はきっと恐れて躊躇するだろう。
それでも夫婦になると言いかねない彼女だからこそ私は約束を破ったのだ。
敗戦後、
南方からの引き上げ船で命からがら母国の地を再び踏んだ私は、名古屋の役場で退役の手続きを済ませると、幾許かの報酬を渡され晴れて御役御免となったわけだが、国からすれば用の無くなった軍人など体のいいお払い箱で、食費の一月分にも満たないはした金を握らせ、後は勝手に生きろと放り出された。
私は、名古屋駅の切符売り場で途方に暮れてしまった。
何処へ行くべきか、、当てが見つからない。
勿論、故郷へ帰れば家族は諸手を上げて喜んでくれるだろうが、問題はこの醜い顔と、同じく銃弾を受けて不自由となった右脚だった。
果たして農家の担い手として役に立てるか、、
逆に家族の食い扶持を減らす事にはならないだろうか、戦後の食糧難に、
ただ飯を喰うだけの家族は必要ない。