アネモネ
駅の壁際には痩せ衰えて横になったまま動かない人が何人も居た、時折駅の職員が杖で触りながら生死を確認して周っている。
まだ身体を動かせる者は縋り付くように手を伸ばし食べ物を乞うが、
明日は我が身と、行き交う人々は気づかぬふりをして通り過ぎていく。
誰もが生きる事に邁進していた時代、、
其処には日本人が美徳としている他人を気遣う精神などどこにも感じられなかった。
散々悩んだ挙げ句、私は信州行きの夜行列車に乗っていた。
取り敢えず家族に帰還の報告だけはしよう。
田舎に留まるかどうかは別の話だ。
そう考えていたのだが、
早朝、無人のホームに降り立ち、改札を抜けようとした時、駅の待合室から聞き覚えのある声を背中に聞いた。
「辰哉、、お国のために良くぞ働きやんした」
振り返ると、
小柄な老人が腰を折って丁重に挨拶をしている。
「清吉さん? 何故こんな所に?」
私の父よりも二回りも上だろうか、村役場に勤めていた今野 清吉に声を掛けられた。
「話があるさかい、こちらに来て横に座れや、、」
今思えば、清吉さんは村に戻る帰還兵を駅で監視していて、現在の家の状況を説明しては追い返す役目を負っていたのだろう。