38年前に別れた君に伝えたいこと

彼女は、公園の入口に僕の姿を見つけると、小走りに駆け寄って何も言わずに、僕の胸に飛び込んできた。

「本当に来てくれたんだ。嘘かと思ったのに」

「そんな嘘は言わないよ」

彼女の笑顔を見て取り敢えず安心した。

「家の人には、何んて言って出てきたの?」
「幼馴染の雅美ちゃんに会って来るって、バレてないと思うよ」

「美幸ちゃんは、今まであんな事絶対に言わなかったから、心配になって来たんだ」

「強がってただけだよ、本当は、弱虫で泣き虫で、、
ごめんね、受験生にはクリスマスは無いのかなって考えてたら、急に淋しくなっちゃった、でもサンタさんが来てくれたから、もう大丈夫かな」

「残念ながらプレゼントは持ってないよ」

「こうやって来てくれたことがプレゼントなの!」


聖なる夜、恋人達は愛を育む。
それは、たとえ受験生であっても変わらないでいたい。

「ちょっと寒いね、慌てて飛び出しちゃったから、薄着のままだった」

両腕を抱えて震える彼女を、コートを広げて包み込んであげた。
小柄な彼女は、僕の大きめのコートの中にすっぽりと収まってしまった。

彼女は僕の顔を見上げて喜びを表現してくれた、

「圭くん、暖かい、すごく幸せ、
 このまま時が止まっちゃえばいいのに」

他からは見えないのをいい事にコートの中で縋り付く彼女を、力強く抱きしめていた。

ありきたりな言葉が、新鮮に聞こえていた、
彼女が、愛おしい。

家に帰れば、また現実に引き戻されるのだろう。
彼女の束の間の現実逃避に、何か意味を持たせてあげたかった。

「美幸ちゃん」
真っ直ぐに、彼女の目を見て名前を呼んだ。

「ん、なに?」
彼女の肩に回した腕に力を入れて抱き寄せると、
何かを察したのか恥ずかしそうに下を向いてしまった。

「美幸ちゃん?」
覗き込むように、もう一度彼女の名前を呼ぶ。

彼女がゆっくりと顔を上げた時、その瞳は閉じられていた。
< 27 / 118 >

この作品をシェア

pagetop