もう、オレのものだから〜質実剛健な警察官は、彼女を手放さない〜
どうしよう。この飲み会が始まってもう結構経つのに、今更二人きりのこの空間にそわそわしてきてしまった。むしろ、どうして今まで平気でいられたんだろう。
〝名誉挽回の家飲み〟という大義名分がついていたからだろうか。
おまけにこんな時に、『次もオレが安全、安心の象徴でいられるかどうかの保証はしないが』などという犬飼さんの、結局冗談なのか本気なのか分からないままだったセリフとあの仕草を思い出してしまったものだから、私はますます固まった。
思い出すタイミングが完全に間違っている。
「── 葉菜先生?」
「……す、すいませんっ、何でもないです」
かろうじて返事はできたけれど、顔が上げられない。たぶん今、私の顔の赤さは最高潮に達している気がする。
「葉菜先生」
様子のおかしい私を心配してか、向かいの席から私の隣に移動した犬飼さんが、もう一度優しく私の名前を呼ぶ。
「どうした?」
それから頬に温かくて大きな手が添えられて、そっと上向かせられる気配に従順に従ってしまえば、心配の色を乗せた切れ長の双眸にじっと見つめられる。
「顔が赤いな。急に酔いが回ったか?とりあえず水飲んで」
だけどその手はすぐに離れていって。
それを寂しいだなんて感じてしまう私は、本当にどうかしている。
それから私の持つもう何本目かになるハイボール缶をそっと取り上げた彼は、チェイサーとして置いてあった水の入ったグラスを私に差し出した。
……本当に優しいなぁ、この人は。
奇しくもあの日と同じシチュエーションに、苦い笑いがこぼれる。
でも、私は差し出されたそれを受け取ることができなかった。
彼のこんな些細な優しさに揺らいでしまうなんて、やっぱり私は酔っているのかもしれない。
この優しさに、特別な意味を見出そうとしてはいけないのに。彼の優しさを、履き違えてはいけないのに。
それなのに、私の名を呼ぶ優しい声に、表情に、私の心臓はいとも簡単に反応してしまう。
いつもそっと差し出してくれるその優しさに、特別な意味があって欲しいと願ってしまう私はとても愚かだ。
……ああ、今日は上書きにきたはずだったのに、これじゃあ名誉挽回はできそうにないかもしれない。
こぼれ落ちそうになる言葉を、もう止められそうにはない。