もう、オレのものだから〜質実剛健な警察官は、彼女を手放さない〜
「犬飼さん、ズルいです……」
「え?」
ついにこぼれ落ちたそれに、僅かに揺れた気がした紫黒色の瞳がまっすぐに私を見つめている。睫毛を伏せ、彼のその視線から逃れながら私は呟く。
「なんでいつもそんなに優しいんですか……」
彼のその優しさは、本当にズルい。
ところが、私のそんな恨みがましいセリフに自嘲気味に返って来たのは、全く予想外の言葉だった。
「── それはオレが打算的な男だから、だろうな」
「……え?」
「オレは別に誰にでも優しい訳じゃない。オレにとって、あなたは特別だから」
今度はそっと両手で頬を包まれる。
有無を言わせずかち合ってしまった紫黒色の瞳にはなぜか色香が滲み、そこにはポカンとする間抜けな私が閉じ込められていた。
「あの日、オレは葉菜先生だから拾ったし、この前も今日も、葉菜先生だから誘った。そうしてあなたの失恋につけ込んであなたの気持ちを手に入れようと企んでいるオレは、大概ズルいと自分でも思う」
一瞬苦しそうに表情を歪めた彼の言葉の意味が、うまく頭に入ってこない。
「……葉菜先生。あの元彼のことは忘れられそうですか。傷は、癒えてきましたか」
じ、と切なく眇められた双眸が、敬語を纏って私に問う。
……ああ、そうだ。
犬飼さんは知らない。
私が犬飼さんへの気持ちを自覚した時から、元彼のことはちゃんと過去のことにできていることを。
犬飼さんに拾ってもらった日から少しずつ傷が癒えて、今ではもうかさぶたすらなくなったことを。
── それから。
私の心の中には、もうとっくにあなたしかいないということを。
そんな随分と移り気で薄情な自分に、落ち込んだくらいなのだ。
「……そんなの、もうとっくです。とっくに忘れられていますし、とっくに癒えています。……犬飼さんのせいです……」
……混乱した頭が正常に働いていないせいか随分と可愛げのない言い方になってしまったけれど、これはもう告白と同義なのでは……?
顔の赤さはもはや、私史上最高を更新しているかもしれない。
そんな私を見て、犬飼さんは優しく甘やかに目を細めた。