もう、オレのものだから〜質実剛健な警察官は、彼女を手放さない〜
「葉菜先生の中から、あの男の記憶が薄れるまで待つつもりだった。傷ついたばかりのあなたを困らせるのは、本意ではなかったから。でもそういうことならもう、我慢も遠慮もするつもりはない」
彼の甘美な視線はどこまでもまっすぐに私を捉えて離さない。
それからすでに至近距離にあった犬飼さんの顔が一層その距離を縮めてこようとするから、慌ててストップをかける。
「ちょ、ちょっと待って下さい……!」
「もう十分待った」
「そ、そうじゃなくて……!」
待って欲しいのはそこじゃない。
目まぐるしく変わる状況に、全く理解が追いついていかない。
まるで、都合の良い夢を見ているみたいだ。
「── 初めて交番で会った時からずっと、オレは葉菜先生を想っていた」
その時。
ぽつりと落とされた独白めいたそれは、この至近距離では一言も漏れることなくしっかりと私の耳に届いた。
彼の突然の告白に、私は目を見張る。
……やっぱり、夢でも見ているのだろうか。
だけど頬を包まれている手から伝わる熱が、間近で触れる彼の吐息が、これは夢じゃないと教えてくれる。
「オレは優しくないから。葉菜先生に付き合っている奴がいると知っても、幸せでいてくれればそれでいいなんて思える訳がなかった」
「待って……」
彼から紡がれる言葉を噛み砕いて頭が理解するより先に、心が反応した。
それに呼応してポロリと頬を伝った涙は、あの日と違ってとても温かい。
「もう十分〝待て〟はした。そのあとに待っているのは〝ご褒美〟、だろう?」
「そんな、犬みたいに……」
「まぁ、オレは〝いぬのおまわりさん〟だしな」
私の眦にそっと唇を寄せた彼は、悪戯めいた笑みを見せてから今度こそ私の唇に熱を灯し。
何度か啄んだあと、ちゅ、と可愛らしい音を響かせて離れていった。
でも両頬に添えられている手はそのままだし、彼の顔は依然として、鼻先が触れてしまいそうなほど近くにある。
今起こった出来事を必死に反芻していれば、濡れた切れ長の瞳をさらに細めて艶やかに微笑んだ犬飼さんは、先ほどよりも強引に私の唇を奪った。
頬を包んでいた手はいつの間にか後頭部へ移動し、キスはどんどん深さを増す。
まるで今まで我慢していた分の気持ちを、全部注ぎ込むみたいに。
「……んっ、はぁ……っ、」
身体中から力が抜けて、体勢を留めて置けない。
ふにゃりと崩れかかった私を犬飼さんは軽々と抱えて、いつか看病してくれたベッドの上に、まるで宝物を扱うようにそっと横たえた。