もう、オレのものだから〜質実剛健な警察官は、彼女を手放さない〜
「犬飼さん……?どうしてここに……?」
「オレの自宅、この近くなんです。今日は非番で、ちょっとコンビニまで行ってきた帰りです。ってオレのことより葉菜先生は、」
そこで犬飼さんが不自然に言葉を切った。そしてゆっくりとした動作で腰を折り、私の顔を覗き込む。
「もしかして、泣いて、ました……?」
言われて慌てて自分の頬に手を当てる。でも残念ながら冷え切ってかじかんだ手の平では、何も感じ取ることは出来なかった。
涙を流していた自覚はなかったけれど、でも指摘されるということは、きっとそうだったのだろう。
「……何か、あったんですか?」
何も言わない私に、犬飼さんが気遣わしげに問い掛ける。
「……あー、はは……。実は、捨てられたんです、彼氏に二股を掛けられてた挙句に……。デート中に本命の彼女と鉢合わせて発覚するとか、もう漫画みたいで笑っちゃいますよね。一年半も気づかなかったなんて、ほんとバカです、私……」
こんな話、いきなり聞かされても困るかもしれない。でも、すごく惨めで恥ずかしい話だけれど、この際誰かに話して笑い話にでもしたかった。笑い飛ばして、吹っ切ってしまいたかった。
だから吐き出した白い息に無理矢理笑いを乗せれば、犬飼さんのいつも無表情なその顔が痛々しそうに歪んで、その手がそっと私の頬に触れた。
彼の表情が分かりやすく変わるのを、私はこの時初めて見た。