緋の鏡 ~その血は呪いを呼ぶ~
「あそこ?」

「えぇ。よかったわ。浄閑寺って、線路を張るために敷地が削られたから、その影響で掘り起こせない状態になっていたらどうしようかと思ったけど。偶然とはいえ、私も女も、ついていたってことね」

「…………」

「ここに女の遺体が埋められているのよ。遺棄を命じられた使用人が、わざわざここまで運んで、わざわざ埋めたのよ。じゃないと説明がつかない。遺体が発見されたら、例え身元がわからなくても、どこかの寺か神社が供養したはずだから」

「バレたらマズいから埋めた、とか?」

「ここまで運んで? 隠すために埋めるなら、他にいくらでも場所があるわ。いくら寺でも所有者の決まった敷地に入り込んで埋めるなんて危険は犯さないわよ。私はてっきり川に捨てたのだと思っていたもの。運んだ者は間違いなくここに埋めたかったのよ」

 克弥に話しながらも、紗子は思案していた。表情は暗い。

(なんの道具もないのに掘り起こすのは無理だわ。この木に印をつけて、今夜は帰るしかないわね)

 鷹に向けて手を差し伸べる。鷹は小さく鳴き、ふわりと紙に戻った。

「先生。どうするんです?」
「…………」

「先生?」
「うん。場所だけ確認して、また今度にしようかと思って」

「え? 今日、終わらせないんですか?」
「だって……ここは寺の敷地内で、神道の使い手である私には分が悪いというか、術が使えないから」

「そういうもんなんですか?」
「ええ。神社も仏閣も、結界が張ってあるのよ。異種な力に入り込まれては困るからね。だからここでは私も無力に近いの」
「この鳥は入れるのに?」

 紗子は苦笑した。

「シキは神籍を持つから結界でも入れるのよ。ただし、神通力までは無理だけどね。術師が霊能力を使って術を繰りだすのは難しいわ」

 ガサリと音がした。
 ハッとして振り返ると、幾つもの明かりが揺れているのが見えた。

「ヤバ。バレた」
「先生! どうするんですか?」

 克弥は思わず紗子の後ろに隠れようとしかけ、動きを止めた。そして逆に彼女の前に立った。

「氷室君?」
「怪奇現象続きですっかり先生頼みになっていたけど、人間相手なら俺が守らなきゃ」
「え?」
「だって、男だから。それに俺のためにここまでしてくれたんだから、ここからは事の原因の俺が頑張らないといけない」

 紗子は克弥の横顔を驚いて見たが、ふと柔らかな微笑を浮かべた。

 やがて明かりを持った僧侶が数名、二人のもとにやってきた。胡散臭そうな顔かと思いきや、彼らの顔には驚きが刻まれている。見ている克弥たちのほうが逆に驚いたほどだった。

「本当だ。人がいる」

 若い僧侶の中の一人がそう言った。また何人かが近づいてきた。先頭を歩くのは年恰好から住職だと理解できた。克弥は住職らしきその男が立ち止まると深く頭をさげた。

「すみません! こんな時間に入り込んで。鹿江田先生は僕を助けるために無茶をしてくださっただけで、原因は僕です。お咎めは僕だけにお願いします!」
「氷室君」
「お願いします!」

 すると住職が声をあげて軽快に笑い始めた。

「あ、あの……」
「聖の力が舞い込んだので何事かと思っておりましたが、これはこれは。いやいや、咎めるなどとんでもない。この寺の敷地に入ってきた力が神聖なことぐらいわかっておりますとも」

 その言葉で克弥はこの住職も紗子同様の存在だと察した。

「ご住職ですね? 勝手に入り込んですみません。心から謝罪します。ですが、開門まで待てなかったのです」

 今度は紗子が続けた。住職が穏やかな目をして頷く。

「事情を話していただけますか?」

 紗子はこれまでの経緯を手短に説明した。そしてまさに今、足元に埋められているだろう女の遺体をどうするか思案していることも。住職はなんとも言えない表情で手鏡が置かれている場所を見つめた。

「我々が感じなかったのは、女は自らの亡骸でなく、死んだ場所に固執しているからだということですね?」

「実際、まだそこにいますから。とにかく彼女と話をするためにも、遺体を弔い、死者の道を示してやらねばなりません。そうすればきっとわかってくれると思います」

「今でも衰えぬ呪いの強さであっても?」

「情念は祓いました。呪いの力は弱くなっています。それに彼女の恨みは自分を殺した一族に向けられていますから、うまく導けば難しくないと考えます」

 住職は身を返し、若い僧侶達にここを掘り返すよう命じた。彼らは一度離れ、シャベルを持って戻ってきた。そして言われるままに、その場を掘り起こし始めた。

「あ!」

 間もなく一人が声をあげた。大きく掘られた穴の底から、藁に包まれた物体が出てきたのだ。丁寧に担ぎ出し、傷めぬようゆっくりと開く。すると醜く汚れた着物と共に白骨化した女の亡骸が露わになった。

「うわ」

 克弥が小さく声を漏らして手で口を覆った。それでも食い入るように出てきた遺体を見つめた。

「ふむ。どうしたものかな」

 住職が憐みの色濃くそうこぼす。

「こちらのご遺体はわたくし共が誠意をもって供養いたします。あなたは霊のほうを諫めていただけますかな?」

「お願いできますか?」

「もちろん。わざわざ運んだのなら、その者はここならご婦人が安らげると考えたからでしょう。その気持ちに報いねば、なんのための仏の道かわかりませんからな。喜んで供養させていただきますよ」

 若い僧侶達はすでに座って手を合わせ、小声で経をあげ始めている。克弥も同じように手を合わせていた。

「すぐに相対されますかな?」

「そのつもりです。今から向かえば、この女性が亡くなった時間にぶつかると思います。それはちょうどいいかと」

「その時間は?」
「四時です」

 住職は「ふむ」と一つ唸り、女の遺体に目をやった。

「四時か。わかりました。その時間に合わせ、弔いを終えさせましょう」
「ご住職」

「木魚は打てないが、やり方はいろいろありますからな。こちらのことはお任せください。が、我々より、あなたのほうが危険で難しい。くれぐれもお気をつけて」

 紗子は深く頭をさげた。

「ありがとうございます。助かります」

 住職は力強く頷いた。

「氷室君、行くわよ」
「あ、はい!」
「誰か、お二人を外にご案内して差しあげなさい。今からこのご遺体の供養を行う。すぐに準備を」

 若い僧侶が克弥と紗子を案内する後ろで、他の僧侶達は寺に戻り、準備に取りかかった。二人は寺の外に出ると、寺に向かって再度深く頭をさげ、タクシーを拾って元いたあの駐車場に向かったのだった。

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