敏腕外交官は傷心令嬢への昂る愛をもう止められない~最上愛に包まれ身ごもりました~

 タクシーはおよそ十五分で紫陽花楼に到着した。質素でありながら趣のある和風の建物は、築八十年。藤間家が先祖代々引き継いできた、歴史ある旅館だ。

 清十郎さんは瓦屋根のついた門の格子戸をあけ、奥に見える正面玄関ではなく、建物の反対側へと私を連れて行く。

 砂利の上に敷かれた飛び石を渡って小さな裏口から中へ入ると、暗い板張りの廊下に繋がっていた。

 従業員専用の通路なのか、ひっそりとしていて誰の気配もない。なんとなく不気味に思いながらも、清十郎さんに手を引かれてひとつの部屋の前にやってきた。

 襖で仕切られた客室の出入口とは違い、ここだけ木製の引き戸だ。

「ここは……?」
「仕置き部屋だ」
「えっ?」

 残酷な響きに眉根を寄せると同時に、清十郎さんが勢いよく戸を開けて、中に私を引き込む。

 敷かれているのは畳でなく、冷たい板の間の部屋だ。

 清十郎さんは静かに戸を閉め、じりじりと歩み寄ってくる。

 恐怖で目を逸らした先には、座椅子の予備や新品の電球など、旅館で使用するのであろう備品の数々が壁に寄せて並んでいる。どうやら物置きにしている部屋のようだ。

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