眠り姫と生贄と命の天秤
 かたわらのキトエに早口で告げる。キトエが頷いたのを確認して、風を放った。息を鋭く吸う。

「イグニト」

 風と同じ軌道に、一帯を照らし出すほどの炎を撃つ。吹き飛ばした矢ごと飲みこんで、炎が人の壁に迫る。

 豪雨のような暴力的な水音がして、息をのむ。炎が水の球にかき消されていく。

 水の魔法。リコの、魔女の炎を相殺できるほどの魔力を持った相手が、いる。

 我に返って右手に集中してイグニト()をつむごうとしたとき、水の球の消えたあとから複数の騎兵が飛び出してきた。

 ほんの一瞬、声が止まった。ひとつに束ねられた後ろ髪はまさに馬の尻尾のように跳ねて、半分に割れた月の光で見事な赤色が見えた。

 先頭で騎乗しながら小弓を構える男性は、干し肉の屋台にいたその人だった。

「リコ!」

 キトエの裂くような叫び声に振り返る。

 背後の黒い木々の中から、細い光の軌道が見えた。リコの背をかばうように手を広げたキトエの左肩に、短い銀色の矢が突き刺さった。

 景色が固まる。頭が追いつかない。

 ひづめの音に引き戻されると、赤髪の男性から放たれた矢が、銀色の線をもって宙を貫いてくる。
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