眠り姫と生贄と命の天秤
 男性は街で相対したときと同じ、簡素な生成の上衣に赤でつたの刺しゅうが入った、袖のない上着を重ねていた。違っているのは頭に巻かれた布がなくなって、頭の先から束ねられた毛先まで赤色が流れていることだった。左手にはリコへ銀の矢を放った小弓を持っている。

 男性に追いついた数人の騎兵が、弓を構えてきた。

 キトエが、脚を震わせながら立ち上がる。リコは右手を男性に向けたまま、急いで左手でキトエの腕をつかむ。

「シムリルカ」

 浄化の魔法だ。魔力が落ちる左手でも、毒ならばこれで消せる。

 キトエの体が、揺れる。倒れそうになる方向にかろうじて足を踏み出す。反対側の足も、同じように。

 消えていない。

「だから、むだだって」

 男性は赤い紋様の浮かぶ右手をリコへ向けたまま、同じ紋様が続く頬をおかしそうに持ち上げていた。

「昏睡の呪法だよ。『眠り姫』っていう笑えるくらいロマンティックな名前がついてる矢だ。意識が落ちたら呪法を解くまで目が覚めない」

 呪法が毒とどう違ったか、思い出せない。けれど浄化の魔法が効いていない。

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