冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

いざ行かん花街に

午後、小さな鞄に必要最低限の物を詰める。
龍一の写真を襟裳にそっと挟む。

母の形見分けで貰った指輪に柘植の櫛、
そして祖父の形見だと母が大切にしていた腕時計を鞄に納める。

後は、お財布に少しばかりのお金1円を忍ばせる。1銭あればあんぱんが一個買える。

逃げ出すつもりは毛頭ないが、
何かの役に立てばと思う。

部屋の掃除をしながら迎えを待つ。

大事にしていたぬいぐるみは龍一にあげようと思い立ち、お昼寝をしている弟の所へ持って行く。

お別れは辛いから旅立つ時までどうか目を覚さないでね。
そう思いながらそっと枕元にクマのぬいぐるみを置く。

龍一の寝顔をしばらく見ていると、

ピンポンと玄関の呼び鈴が鳴る。

「お嬢様…、お迎えが来られました。」
マサが顔を出し香世を呼びにやって来た。
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