冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す
香世は一息吐いて立ち上がる。

「マサさん龍一の事、よろしくお願いします。」
そう一礼して玄関を出る。

最後に一目見ようと我が家を振り返る。

姉も玄関に出て来て、
大事にしていた白いレースのハンカチを香世に握らせる。

「これ、香世ちゃんにあげる。大事にしてね。」

「ありがとう、お姉様。」

「体に気を付けてね。思い悩むと香世ちゃんは直ぐに熱を出すから…深く考え過ぎちゃダメよ。明日は明日の風が吹くだわ。」
姉がそう言って香世を励ます。

「そうね、ありがとうお姉様。行ってきます。」
2人抱き合い、別れを忍ぶ。

マサも涙ぐみながら手を振ってくれる。

香世は泣きたいのを我慢して笑顔で手を振りかえす。

さようならとは言いたくなくて、

「行ってきます。」
と言う。

「行ってらっしゃい。」

「行ってらっしゃいませ。」

2人に別れを告げ、人力車に仲買人と共に乗り込む。

空を見上げれば今にも雨が降りそうな、
どんよりした灰色だった。

さようなら。

人力車の上から頭を下げる。
動き出す人力車から小さくなって行く我が家を見つめ続ける。

そうよ……。

せめてお嫁に行くんだと思って
ハレの気持ちでいなくちゃ沈んでいても何も変わらない。
香世は灰色の空を見上げそう思った。
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