冷酷な軍人は没落令嬢をこよなく愛す

居間に戻り、
火鉢を囲みながら2人カステラを食べる。

「美味しい。」

思わず呟く香世が幸せそうに笑うから、
俺も嬉しくなって、
これは明日も何か買って帰らなければと強く思う。

今夜の香世は1人寂しくしていたせいか
良く話し、良く笑ってくれた。

時を忘れてしまう程、ずっとこうして耳を傾けていたいと思ってしまう。

ふぁーと香世が手で顔を隠し、
小さく欠伸をしたのに気付いて、
ハッと時計を見ると針が12時近くを指していた。

「もう、こんな時間か…そろそろ寝るか。」

香世も時計を見て驚く。

慌ててお皿を集め湯呑みと共にお盆に乗せる。

俺は当然だと言うように、
行灯を片手に香世に寄り添い台所へ着いて行く。

洗面所で2人揃って歯を磨き、自室に向かう。

隣同士の部屋で別々に寝るという、
この拷問に近い配置はタマキが勝手にしたのだが…、

確かに2人で暮らすにしては部屋数の多いこの家で、ちょっとでも香世に安心を与えられているのなら、
喜んで拷問を受けようと思ってしまう自分がいる。

「おやすみなさいませ。」

部屋の前で香世が頭を下げてくるから、
少し名残惜しい気持ちを抱えながら彼女の綺麗な黒髪を撫ぜる。

「おやすみ。」

襖に手を掛け自室に入る。
 
引き留めて強引に布団に誘えばきっと彼女は拒まないだろう。

ただ、そこに気持ちが無いとしても…。

俺に金で買われたと思う気持ちを払拭したくて、何度かそうでは無いと言ってみたが。

どれだけ香世の心に届いているかは計り知れない。

俺からは動けない。

香世が大切でなによりも大事だと、
どう伝えれば良いのか分からず躊躇してしまう。

触れたい、抱きしめたい、自分のものにしたい。その気持ちをひたすら抑え、
布団の中で悶え苦しむ。

どんなに修練を積んだとしても、
この気持ちを抑えるのはなかなかに難しい。
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