紫陽花が泣く頃に
「仕事疲れたでしょ。ビールでも飲む?」
「お、飲む飲む」
冷蔵庫を開けて発泡酒を渡すと、お父さんは喉を鳴らして飲んでいた。
父は今年で四十歳。見た目は若く見られることのほうが多いけど、だんだんと無理がきかない年齢になってきた。
「なかなか家に帰って来れなくてごめんな」
私はお父さんの身体を心配してるように、お父さんも私のことを心配してる。
「平気だよ。お父さんが留守だと缶のゴミが増えないで済むし、夜のイビキも聞こえなくてけっこう快適だよ」
「つれないなあ」
ちょっとふて腐れているような目元は、私にそっくり。いや、私がお父さんに似てるといったほうが正しい。
「家に入れなかったから晩ごはんの支度してないんだけど、どうしよっか?」
こう見えて家事はそれなりにやる。普段からひとり暮らしをしてるようなもんだし、掃除洗濯だってお父さんより手際がいい。
「じゃあ、今日は出前にしよう。和香の好きなものでいいよ」
そう言ってお父さんは、クリアファイルにまとめられた出前のチラシを広げた。本当はピザが食べたい。でも最近のお父さんはこってりしたものは食べないし、なにより野菜を採ってほしい。
「なら中華がいいかな。八宝菜も美味しそうだし、お父さん麻婆豆腐好きでしょ」
「和香の好きなものでいいんだってば」
「私も麻婆豆腐好きだよ」
こうやってお父さんとのふたり暮らしが始まったのは、今から四年前。私が十二歳の時だった。