突然、あなたが契約彼氏になりました
菜々は素朴な疑問を口にしていく。
「それにしても、不思議だな。田中さんはゲイなのに、なんで、あたしなんかに固執するんでしょうね……」
「きっと、あなたと結婚するつもりなのよ」
「もしかしたら、孫の顔を見たいと親にせがまれているんでしょうかね、それぞれ求める幸せは違うのに……」
「まぁ、幸せは、人それぞれよね」
徳光さんは何気なく答えているけれども、この話題はよくない気がする。忘れていたけれど、徳光さんは性転換している。結婚とか子孫がどうのこうのという会話は傷付けるかもしれない。菜々は勤めて明るく言った。
「田中さんが何を考えているのか分からないけど、あたしと結婚しても不幸になるだけだって事を早く悟ってもらいたいです」
すると、徳光さんは苦笑した。
「ええ、そうね。田中に思い知らせないと駄目ね」
☆
一週間後。またしても菜々は小塚に呼び出されていた。純喫茶『ミス・マーブル』の一番奥にあるテーブルが、二人の待ち合わせの指定席となっている。壁には、地中海の穏やかな風景のスケッチ画が飾られている。
美大出身のマスターが若い頃に描いたらしい。それにしても、ここの焼きプリンは絶品だなと思いながら小塚を待っていると彼は時間通りに現れた。
小塚は、ノートパソコンを持参していた。このレトロな喫茶店にも、ちゃんとwi-fiが飛んでいたとは意外だ。
「やはり、田中さんは焦りまくっていますね」
サイトの画面を指で示しながら小塚が言う。
「多分、田中さんは色々と知恵を絞ったんでしょうね。土屋さんが、僕との付き合いを躊躇うような事をあれこれと書き込んでいます。これ、名門私立男子校に関する闇を洗いざらい暴露する裏サイトですよ」
イジメ、盗癖、大麻、盗撮、そういう問題を起こした生徒の事を、ああだこうだと、みんなで火祭りにするのが、このサイトの趣旨のようである。
「これが僕の顔写真の目元だけ黒塗りしたものがサイトに流出しています。卒業アルバムの写真を加工したんでしょうね」
小塚は、サイトのある部分を見せてきたのである。
『この生徒は、相手の歯を折るほどの暴力沙汰を起こしたのに退学になっていない。これはおかしい』
そんな内容の後も、次々と、Kを弾圧する書き込みが記されている。
『Kは小児性愛者で学校帰りの女児を襲う鬼畜。Kの父親は学園の理事に圧力をかけて、この事をもみ消した』
『Kの悪行を暴露した勇気ある男子生徒が殴られた末に退学した。Kは、のうのうと学園に残り続けた。Kは典型的なロリコン』
とまぁ、そんな感じの内容である。
「これ、嘘ですよね」
「嘘と真実を意図的に混ぜていますよ。僕が、同級生を殴った事はまぎれもない事実ですよ」