突然、あなたが契約彼氏になりました
 そう言えば、田中が前に言っていた。小塚は高校時代に暴力沙汰を起こしていると。

「理事長や担任にも言いましたが、マジで殺してやろうかと想うぐらいの勢いで殴りました。あの時、そいつの前歯が吹っ飛びましたよ」

 いやいや。こんな静かな喫茶店で、そんな事を打ち明けられても恐ろしいんですけど……。

「僕は小塚。そして、僕に殴られた奴は金原なんです。どっちもKでややこしいですね。金原が、塾帰りの小学生の女の子を襲いました。強姦しようとしていたんです」

「はぁ?」

 今、サラッとすごいことを言った気がする。菜々の心臓がドクンツと不穏な音を奏で始める。

「強姦って……。そんな、まさか」

「たまたま、僕が通りかかったんです。女の子から引き剥がして馬乗りになって殴りました。そいつの父親は、事件をもみ消そうとして、僕を退学させようとしました。でも、金原は、別の女の子にも手を出していた事が発覚したので、あいつは学園から去りました。事件の詳細は新聞沙汰にはなっていませんが、断片的に事件の内容は生徒に広がっています。田中さんは、僕が女の子を救った側の生徒だと知った上で、こういう書き込みをしているのだと思います」

 小塚が金原を殴った詳細は警察も学校も明かしてはいないという。

「僕が同級生を殴った事は真実なので、それを誰かの口から聞いたら、女児への事件も真実なのだと、あなたが思い込む事も計算しているのですよ」

「それを田中さんが書いたとするなら陰湿ですね……」

「また、新しい書き込みです。サイコパスのKは何食わぬ顔で就職している。あんな奴がいる会社のペットフードなんて買いたくないなんて書きましたよ。ああ、いいですよ。すごくいい」

 よっしゃと言いたげにガッツポーズをとっており妙に嬉しそうにしている。この人は、こういうタイプだったのか。沈着冷静で感情のない人のイメージが崩れてきた。

「このまま、どんどん僕の事を悪く書いてくれたら助かります。しばらくは放置しておきましょう」

 そう言うと、小塚は、急に腹が減ったと言い出した。飄々とした表情のまま、お任せランチセットを美味しそうに食べ始めたのである。

(へーえ、この人にも旺盛な食欲ってものがあるんだ……)

 サラサラとした質感の小塚の前髪。形のいい綺麗な歯並び。それらをしげしげと見つめたまま亡き夫に思いを馳せていた。

『いたたぎます』

 大河は菜々の作ったオムライスを美味しそうに食べてくれていた。

『菜々……。オレ、おまえと結婚して幸せだな』

 ふとした時に、そんな言葉を漏らして静かに微笑む。そういう人で、大河と小塚に共通項は皆無で見た目はもちろん中味はまるで違うと思っていたけれど、実は、大河も理不尽な事件に憤り衝動的に人を殴った事がある。

< 18 / 28 >

この作品をシェア

pagetop