突然、あなたが契約彼氏になりました
「それで、徳光さんが騒ぎ始めたんです。妙な薬を盛られたんじゃないかって。そんな馬鹿なと思いましたよ。でも、意識を失ったのは事実なんで脳に問題があるのかもしれないと思って怖くなって病院に行きました」

 血液や尿を含む様々な検査を受けたところ、レイプドラッグの検査キットが陽性を示していことは間違いないのだが、こうして説明をしていても、まだ信じられない。

「田中さんが、そんな事をするとは思えないんです。だって、徳光さんが、あたしを連れて帰りますって言ったら、素直に引き渡してくれたそうなんです」
 
 それにしても、どういう事なのだろう。

「徳光さんに、小塚さんに相談しろと背中を押されなければ、絶対に相談に来ていません。あの、念の為に聞きますが、他の女性から似たような相談はありませんか」

「いいえ、ありません」

 確かに真相が分からないままだと苦しいけれど、小塚は、海外子会社の設立に関する書類の申請など、やることが山積している。時間をとらせるのは申し訳ない。しかし、彼は静かに告げた。

「公平性を規すならば、疑いをかけられている田中さんからの証言も聞く必要かありますね」

「そ、それは困ります……」

 万が一、レイプ魔だった場合、そんな男を追い詰めるとロクなことにならない。いや、逆に、彼が無実だった場合、申し訳なくていたたまれなくなる。堂々巡りだ。そもそも、こんな茫洋とした内容を人様に打ち明けるべきではなかった。

(こんな相談されても困るだろうな)

 色々と心の中で揺れ動きながら、改めて、この人の顔は綺麗だなと感心していると、ふと目が合ってしまい、ドキッと鼓動が乱れた。

「ところで、徳光さんとあなたの関係は良好ですか」

 いきなり、そんな質問が飛んでくるとは思わなかった。

 徳光エルザ。彼女について知っている事は、案外、少ない。彼女は三年前に大好きだった母親を亡くして以来、天涯孤独だと言っていた。幼い頃の思い出を語った時、銀座の○○という店のケーキがどうのこうのとか、、夏休みに軽井沢の別荘で祖父と虫取りをしたとか、そんな話題が出てくるので、多分、裕福な家庭で育ったのだろう。

 イギリス人の家庭教師から英会話を習っており、英語が堪能な徳光さんは、大学を卒業してすぐにこの会社の総務部に配属されている。

 一方、菜々は夫の死の一年後の夏に中途採用で会社に入っている。あの時、隣の席の徳光さんが、よろしくねと言って明るく語りかけてくれて嬉しかった。

 菜々よりも二歳年上での二十九歳の彼女はパリコレモデルのようにスタイルがいい。美人とは言い難いけれども、女子力が高くて美に関するエキスパートだというのに、若い女性たちは見下したように言う。

『あの人、ブスだよね。夜な夜なメイク動画とか自慢げにあげてるわ、ほんと、馬鹿みたい』

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