突然、あなたが契約彼氏になりました
『あたし達がコンパに行こうとすると、ずぐに参加しようとするしさ、マジでうざいんだけど、ああいうブスがいると、あたし達が綺麗に見えるから助かるけどさ』

『男に嫌われてるって自覚が無いから、いそいそとお酌とかしてるの。ほーんと、イタイよね』

 そんな悪口を言われているとも知らずに、徳光さんは、いかなる時も仕事をバリバリと精力的にこなしている。

「仲はいいですよ。会社では一緒にランチしています」

 小塚は、猫背の姿勢になりながら、考えに没入するかのように聞いている。

(ほんと、小塚さんって不思議なんだよなぁ)

 小塚は、英国生まれの名探偵のホームズが推理する時と同じポーズで言い継いでいる。

「一つハッキリしているのは、あなたが何者かに怪しげな薬を飲まされたという事です。僕は、こういう推理小説を読んだことがあります。レイプされたと偽証して、憧れのイケメン男性を犯罪者に仕立てて社会から完全に孤立させて、その男と結ばれるというストーリーです。悪い噂を立てて心が弱ったとこに付け込むストーカー女の企みがアッパレというか、恐ろしいというか……」

「まさか、あたしが、その小説と同じ事をしていると言うんですか……」

 たちまち、菜々の目尻に熱い涙が滲んできたのだが、小塚は穏やかに告げた。

「いえ、あなたではなくて、徳光さんが田中さんのストーカーで、あなたから田中さんを引き離すために策略を練ったという可能性はありませんか? 田中さんがよく行くバーに徳光さんがタイミンク良く現れるというのは、偶然にしては出来すぎている気はしませんか?」

「別に不思議ではありません。彼女は、お洒落な店を熟知していますから」

「そうかもしれませんが、田中さんを悪者と決め付けて、土屋さんから引き剥がそうとしているところが気になります」

「徳光さんの好きなタイプはスティングですよ。田中さんのことは好みではないと思います」

 小塚はえっというような顔つきで一呼吸を置いてから呟いた。

「ああ……、歌手のスティングですか。渋いチョイスですね……」

 ちなみに、徳光さんは素敵なマンションに暮らしている。亡くなった母親から受け継いだと聞いている。

『うちの母親、美容師で、いくつも店舗を持っていたのよ』

 不思議と、父親のことを口にしたことはない。もしかしたら、彼女の母親はシングルマザーだったのかもしれない。

 どういう家庭環境なのかは詳しくは知らないけれど、いつ遊びに行っても部屋は片付いている。単に片付いているのではなく、部屋全体が女性らしい優しさに溢れていて、優雅な癒しの空間になっている。

 部屋は住む人の心を現しているとはよく言ったものだ。

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