突然、あなたが契約彼氏になりました
 何だか可笑しくて吹き出してしまう。

 すると、小塚は、どこか拗ねたように溜め息を漏らしたのである。

「僕の私生活は主婦なんですよ。母は、すぐにつまんない事で電話をかけてくるので困ります。土屋さんが最初に僕のところに来た日も、帰りにアイスクリームを買ってくるように言われてうんざりしました」

 小塚はどこか恥しそうに目を伏せたまま呟いている。

「うちの母、シャトレーゼのアイスキャンデーが大好きなんですよ。仕方ないのでどっさりと買って帰りましたよ。母の誕生日にはサーティーワンを買って帰っています」

「お母さん孝行してますね」

「はい。僕がここまで育ったのは母のおかげだと思っています」

 会う度に神秘のベールに包まれていた小塚の私生活が少しずつ明かされていく。無機質でヒンヤリしているように見えたけれど、思っていたのと全然違っている。 もっと知りたくなったので聞いてみた。

「ところで、小塚さん、その時計もお父様の形見ですか?」

「いえ、これは祖父の形見です。祖父は、母が子供の頃に亡くなったそうです。修理をして革のベルトを付け替えて使ってます。僕の眼鏡のフレームも祖父のものですよ。僕、何年も丁寧に使い込まれたものが好きなんです。靴とか鞄も同じものを長く使いたいんです。だけど、そのせいで貧乏臭く見えることも自覚してます」

「あの……、物を大切にするのはいい事だと思いますよ」

「そう言ってもらえると助かります。だけど、田中さんのように目の保養になるような華やかな存在が会社には必要なのかもしれせんね」

「小塚さんも目の保養ですよ。眼鏡を外すと印象が変わるそうですね」

「ええ、どうやら、外すと女っぽく見えるみたいですね。だからこそ、この眼鏡は外せません」

「どうしてですか?」

「中学時代、女性と間違われて、見知らぬ男子生徒から告白された過去があるからです。僕は男だと言っても分かってもらえなくて苦労しました」

「まじですか?」

「ええ、まじです」

 お酒も料理も美味しい。清潔でこじんまりとしたお店の規模と雰囲気もいい。それに、物静かな初老の女将さんの所作も素敵だ。

(この人といると落ち着くわ。安心できるんだよな)

 何だか、夏のプールで浮き輪を使って遊んでいるみたいにフアフアしてきた。

 どうして、こんなにも心地いいのだろう。彼との会話に酔いしれながらも、瑞々しい恋の息吹のようなものを感じ取っていたのだった。


 
            おわり
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