突然、あなたが契約彼氏になりました
 これは参った。急激に頬に赤みがさしてきた。高鳴る鼓動の音が相手に聞こえてしまいそうでオタオタしてしまう。しかし、小塚は表情を引き締めている。

「真面目な話、田中さんの彼氏の樹理は詐欺集団とも繋がっているという噂があります。今後、土屋さんの資産目当てに、妙な電話がかかって来ないか心配です。今日は、それを伝えたくてここにお呼びしました。常に警戒しておいて下さいね」

「はい。分かりました。でも、なんで、今日は小料理屋なんですか?」

「ああ、あの喫茶店のマスター、ぎっくり腰でお休みしているんです。あなたの家の近くで、しかも、人があまり来ないところがいいなぁと思って。あっ、今日は奢らせて下さいね」

「いえいえ、駄目ですよ。ちゃんと割り勘にしないと……。あたし、こう見えて、億万長者なんですから」

 終電の時刻が気になるけれども、この人から離れたくなかった。

「あの、確か、行政書士の人って、お金の管理とかしてくれますよね。良かったら、実は、うちの叔母、母の豪邸を利用して民泊をしたいって言い出していまして……」

「ああ、民泊の許可申請ですね。えーっと、それは……」

 説明を一生懸命に聞きながらも彼を見つめていた。この関係を途切れさせたくはなくて衝動的に呟いていたのである。

「あの、良かったら、もう少し彼氏のフリをしてもらえませんか? 社内の皆さん、あたし達が付き合っていると思っていますし……。あの、まだ田中さん達が、どういう仕返しをしてくるのかも不安なんです。あたしの資産も守ってもらいたいので助けてもらえますか」
 
「いいですよ」

 小塚は、あっさりと承諾している。ホッとしていると急に野性味のある表情を見せた。

「でも、いつまでも彼氏のフリで済むとは限りませんよ。僕は、いつでも本物の彼氏になる気持ちがあるということを心に留めておいて下さいね……」

 視線によって射抜かれたかのようにになりドギマギしていた。

「わ、分かりました。ちゃんと踏まえた上でお願いします」

 今のは卑怯だ。あまやかな不意打ちにクラクラしてきた。どうしよう。こんなにも心臓が早打ちしているし、それに頬に熱のようなものがこもっている。

 菜々は、溢れ出る照れ臭さを誤魔化しながら言う。

「こ、小塚さんって、お母さんと仲がいいんですね」

「でも、マザコンではありませんよ。僕は一人暮らしをしたいのに、母が離そうとしないんです」

「寂しいんでしょうね」

「いえいえ、僕がいなくなると、料理をしてくれる便利な人がいなくなるのを怖れているんです。母の手料理は死ぬほどマズイんですよ」

「こないだのおでん入りの弁当も小塚さんが作ったんですね」

「ええ、そうです。母は、頻繁に唐揚げを所望してきますが、朝から、唐揚げをあげるのは大変なんですよ」

「ぷっ……」

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