吸血鬼令嬢は血が飲めない

わたくしが前世の記憶を取り戻したのは、10歳の頃でした。
吸血鬼はある一定の年齢までは人間と同じ速度で成長し、大体10代半ばから外見の成長が緩やかになります。

当時10歳のある日の晩餐で、スアヴィスが食後にとっておきの一杯を用意してくれたのです。

『お嬢様。仔山羊から採ったばかりの新鮮な血液です。
お嬢様がこれから永遠に健やかな吸血鬼として育ちますよう、願いを込めて搾り尽くしたのですよ。』

『ギャー!!』

燕尾服を獣の血で真っ赤に染め、薄ら笑いを浮かべるスアヴィス。そのショッキングな光景を見た衝撃で、わたくしの前世の記憶は蘇ってしまいました…。
世の中の何たるかも分からない少女の時分で、もし血を飲んでしまったなら、わたくしは今頃、血に飢えた残虐な吸血鬼令嬢として昇華していたことでしょう。


『イヤッ!!のみたくない!!』


…しかし、そんな未来は訪れませんでした。
10歳のわたくしは、生まれて初めての吸血を激しく拒絶したのです。
その時のスアヴィスの絶望しきった顔…今でも夢に見るほどに恐ろしかったわ。

記憶を取り戻したわたくしの衝撃はそれだけではありません。

ここは辺境の森の奥に建つバートランド城。
一年中晴れない灰色の霧が、弱点である日光を遮る。
我が父…通称“ヴァンパイア・ロード”が棲み、一度足を踏み入れた人間は二度と生きては出られないという悪魔城。
そんな城に仕える吸血鬼執事スアヴィスと、残虐令嬢レギナ・バートランド…。

これらすべての“設定”に、わたくしは覚えがありました。

作品名は『死霊城 -コープス・フォート-』。
一体前世のわたくしが何をしたと言うのか。
転生した先は、前世において永遠のトラウマとなった、ホラーゲームの世界だったのです…。

ジャンルは、スリラーサスペンスアドベンチャー。
恐怖をとことん追求したシーンのため、18歳未満はプレイ不可。お酒に酔った勢いで手を出してはいけない部類のゲームでした。

そんなゲームのストーリーは、森の奥の古城に迷い込んだヒロインが、血に飢えた吸血鬼達に命を狙われながら、罠だらけの城内をひたすら彷徨い、最深部で待つヴァンパイア・ロードを退治するというシンプルイズベスト。

しかも、ヒロインの命を狙う敵というのが、何を隠そう執事スアヴィスと…

『…それでは、レギナお嬢様。
気を取り直して、私と一緒に食後のゲームなどなさいますか?
吸血鬼の得意な“人間狩り”を教えて差し上げます。』

『イ、イヤー!!』

残虐非道な悪役令嬢レギナ・バートランド。
…すなわち、わたくしのことなのです。
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