愛してると言わせたい――冷徹御曹司はお見合い妻を10年越しの溺愛で絆す
「ただいま。いつも母が迷惑をかけてすみません。田中さんには感謝しています」

母はヒステリックでわがままだ。

迷惑をかけていないはずがないので低姿勢で謝った。

通いの家政婦はいくらでもいるけれど、住み込みでいいと言ってくれる人は少なく、かつ母のわがままに耐えられる人でなければならないので田中に辞められては困るのだ。

「ほんの少しですが」

一万円札が数枚入った封筒を渡すと田中はお辞儀して受け取り、エプロンのポケットに急いでしまった。

後ろを確認してから、口の横に手をあて小声で言う。

「お心遣いありがとうございます。私のことなら大丈夫ですよ。奥様のご気性にはすっかり慣れました。気に障ることがあって厳しく言ってきても、『さっきは怒ってごめんなさいね』と後から謝ってくださるんです。その時の怯えた子犬のようなお顔を見たら、辞められません。お寂しいんですよ、奥様は。朝陽さんは時々こうして帰ってきてくださいますけど、旦那様と梓馬(あずま)様はさっぱりですので」

梓馬は兄の名だ。

最後にいつ帰ってきたのかと聞いたら、田中が考え込んでしまった。

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