ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「少しお待ちください」とスタッフがドアを閉め、櫂人さんとふたりきりになったところで、私はすかさずさっきの続きを口にした。

「どういうことなんですか、櫂人さん。ヘアサロンですよね、ここ」

 店内を通ってきたからここがどんな店かは聞かずともわかっている。
 けれど、そもそもどうしてヘアサロンに来たのか、しかも個室だなんてまったく見当もつかない。

「ああ、そうだよ」
「どうして」

 怪訝な顔をする私に対し、彼はにこやかな笑顔で小首をかしげた。

「言っただろう? さやかは『身ひとつで来てくれたらいい』って。あとはこちらで準備するのが筋というものだ」
「筋って」

 呆気にとられているうちに手を取られ、部屋の中へと連れられる。鏡の前まで来ると、彼は脇に置かれたハンガーラックから洋服を取り出した。

「もしよかったら、これを着てほしい。きみに似合うと思って選んだんだ」
「え?」

 思わず目を見張る。彼が手にしているのは、淡いブルーのワンピースだ。全体が繊細なレースに覆われていて、上品だけどとてもかわいらしい。

 吸い寄せられるように手を伸ばしたけれど、指先が触れる寸前、慌ててそれを引き戻した。

「私……着られません」

 ささくれだった指先を隠すように両手を握りしめ彼から視線をそらす。

「どうして?」
「私には似合わないです、こんな素敵な服」
「そんなことない。絶対に似合う」

 一寸の迷いもなく断言され絶句した。その隙を狙ったかのように、体をくるりと反転させられ、体の前にワンピースをあてがわれる。

「ほら、さやか。見てごらん」

 ゆっくりと顔を上げて鏡を見た瞬間、思わず目を見張った。
 淡い色合いのおかげで明るくなった顔に、首もとでフリルを作るレースが華やかさを添えている。

「思った通りだ、とてもよく似合ってる」

 真後ろから聞こえた声に視線を上げた。鏡越しに目が合った彼は、口角を軽く持ち上げて優しげな微笑みを浮かべている。
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