ひとりでママになると決めたのに、一途な外交官の極上愛には敵わない
「さやか。無理を言ってわがままを聞いてもらったのだから、きみがパーティを楽しめるようにするのは俺の務めだ。たった数時間だけど、今日は日常を忘れて思いきり楽しんでほしい」
「日常を忘れて……」
「ああ、そうだ。仕事も子育ても毎日一生懸命がんばっているんだ。たまにはこんな日があってもいいと思わないか?」

 そんなふうに考えてくれていたなんて。

 驚きと喜びでうまく言葉が出てこない。黙ったままでいる私に彼は困ったように眉を下げた。

「でも、どうしても着たくないというものを無理強いできないよな。仕方ない、これはゴミ箱行きに」
「そんなことな……っ!」

 振り向いた瞬間、両目を大きく見開いた。見惚れるほど端正な顔が、すぐ目の前にあったのだ。
 吐息がかかるほどの距離に息を詰め、くっきりとした二重のアーモンドアイに目がくぎづけになる。

 彼はいつもの柔和な笑みを消し、真剣な顔つきで私の頬にそっと手を添えた。

「さやか」

 さっきよりも低い声で呼ばれ、心臓がどくんと音を立てた。
 私の目もとを、彼はゆっくりと親指の腹でなぞる。

「俺はただ、さやかの笑顔が見たいだけなんだ。きみが笑っていてくれればそれでいい」
「笑って……」
「ああ。そして、それは俺の隣であってほしいと願っている」

 彼の言葉は聞き取れているのに、意味が理解できない。回路が停止したように頭が働いていないのだ。

「さやか、俺はきみのことが――」

 頭を傾けた彼の、少しこげ茶の混じる黒い虹彩が近づいてくる。
 頭の片隅で警鐘が鳴っているのに、逃げるどころか一ミリも視線をそらせない。

 あと少しで鼻先が触れる、そのとき。

〝コンコン〟とノックの音が聞こえ、弾かれるように彼から離れた。


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